因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

朗読劇 『季節が僕たちを連れ去ったあとに』

2016-11-18 | 舞台

*山田太一編『寺山修司からの手紙』(岩波書店刊)より 広田淳一(アマヤドリ)構成・演出 公式サイトは こちら 六行会ホール 20日まで
 トライストーン・エンタテイメントによる昨年夏の『女中たち』は、若い俳優の誠実な姿勢が強く印象に残っている。今回は山田太一が編んだ『寺山修司からの手紙』を原作に、広田淳一(アマヤドリ)が構成・演出を行う朗読劇である。「若者たちでなければありえなかった、創造するエネルギーの入り口で出会った二人の永遠の時間」(公演チラシより)を読み、語るのは、間宮祥太朗&玉置玲央、山口翔悟&矢崎広、首藤康之&中島歩の若手俳優3組だ。山口が寺山を、矢崎が山田を演じる回を観劇した。

 舞台中央に椅子が2脚、両脇少し下がった位置に1脚ずつ、さらに後方には、バーに置かれているような小さなテーブルと椅子2脚が2セットが置かれている。原作はふたりが取り交わした夥しい書簡の数々に、1983年5月に亡くなった寺山の葬儀における山田太一の弔辞、寺山の公私に渡るパートナーであった田中未知の随筆、最後は山田のあとがきで閉じられている。
 今回の舞台は、この原作の構成を巧みに活かす。中央の椅子に山田役の矢崎と寺山役の山口が掛け、少し後方に下がった上手に田中未知役の笹井里美、下手に少年時代の修司役の小角まやが掛ける。冒頭の台詞は「寺山さんは四十七歳で亡くなり、私は八十一歳になってしまった」という山田のあとがきである。自分は原作を読んだとき、この一行に痛みに近い感覚を覚えた。それが冒頭で読まれたことによって、これから始まろうとしている舞台に一気に引き込まれた。

 単に書簡が次々に読まれるのではなく、ときおり田中未知の随筆が読まれることでふたりの状況や関係の変化などが明確に示される。さらに後方のテーブルにはコロス役の女優4名が山田と寺山に関わった女性たちを演じ継ぎ、めりはりのある立体的な朗読劇となった。

 とくに印象に残った場面がひとつある。1983年に放送された山田太一脚本の『早春スケッチブック』(wikipedia)を、寺山は田中とともに毎週楽しみに見ていたという。山崎務演じる無頼の写真家が、かつて捨てた恋人(岩下志麻)と息子(鶴見辰吾)に向かって刃のような言葉を投げつける。舞台では寺山役の山口翔吾が山崎務を、山田役の矢崎広が鶴見辰吾を、母親の岩下志麻をコロス役の女優が演じる形をとったのである。「バカいっちゃいけねえ。そんな風に見切りをつけちゃいけねえ」と叫ぶ山崎務は、脳腫瘍で余命わずかという設定もあり、まさに鬼気迫る演技であった。33歳の山口が同じ言葉を発するには、非常にハードルが高かったと想像する。しかし山口は無理な背伸びや不自然な造形をせず、山崎をなぞることもしなかった。今のままの彼自身をぶつけるように、捨てた息子に向かって「世界に向かって、俺を重んじよ、と、いえるような人間になるんだ」と訴えたのである。

 対して29歳の矢崎は、自分の実年齢から10歳以上も若い18歳の息子役だ。実の父のすさまじい勢いに圧倒され、母親と育ての父への思いを抱えながら、それでも実の父の訴えを受け止めようとする。『早春スケッチブック』の一場面が実際に演じられるとは予想外であったが、若手俳優の辛抱づよく誠実なすがたはこの舞台の白眉であり、構成・演出の広田淳一の手腕がみごとに発揮された場面と言えよう。

 女優が担当するパートについてはもう少し…と欲が出る。田中未知役は非常に重要なポジションであるから、声の出し方や呼吸など、もっと深い造形が求められるのではないか。また寺山の少年役の活かし方にも余地があると思われる。

 終幕、山田役の矢崎によって、「寺山さんは四十七歳で亡くなり、私は八十一歳になってしまった」の台詞が再び(三度目か)語られる。原作を読み、冒頭でこの台詞を聴いたときの痛みが、いっそう切なく蘇った。

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