因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

板橋ビューネ2019/2020より 楽園王公演『授業』

2020-01-22 | 舞台

*ウジェーヌ・イヨネスコ作 長堀博士構成・演出 公式サイトはこちら  サブテレニアン 26日まで 
 楽園王の代表演目『授業』今回のみどころは、A、Bふたつの座組全員が女性という趣向である。公演チラシには、「今回は教授役を久堂秀明から岩澤繭にバトンタッチ、男性の暴力的な権威から人間の普遍的な権力の脅威に迫ります」とあり、男女間に限らず、強者が権威・権力によって弱者を支配しようとする構図の提示が、女性版『授業』の意図であるとみた。AB両方で教授役の岩澤繭(ウテン結構 1,2,3)は、これまで2016年の楽園王公演(→楽園王の『授業』上演歴、因幡屋の観劇歴はこの記事に記載)で女中のマリ―を、2017年のサイマル演劇団公演で生徒を勤めており、今回で全ての役を「制覇」することに。

 観劇したBの座組は、教授に岩澤繭、マリーに小澤凌(デンキブラン)、生徒1を仲居凛、生徒2を大畑麻衣子(miez miez)であった。ABともに教授をつとめる岩澤は、これまで女中、生徒を演じた経験を活かした緩急自在の造形。もっと「嫌な女」風の教授も見てみたい。改めて考えてみると教授に仕えつつ、彼を抑圧しているマリーという人物の立ち位置は、実に不思議である。小澤のマリ―は知的でシャープ。1と2という番号が付けられたふたりの生徒は、これまで教授とマリーに殺められてきた40人近い生徒たち全てを示す存在とも捉えられる。仲居、大畑いずれも力強さ(暴力性でもあるが)と繊細なところが目まぐるしく交錯する刺激的な演技に見応えがあった。

 舞台『授業』は、男性である教授が生徒を、最初は知識によって指導しようとするが、途中から次第に支配、屈服といった暴力的な要素が強くなり、最後は殺人に至る1幕劇である。教授が生徒を凌辱するに近い演出を観たこともあり、教授とマリーの関係も相当に生ぐさく、抑圧された「性」が暴走する様相が潜んだ作品でもある。自分のような浅学の者が「ジェンダー」という言葉を使うのは危険であるが、今回の女性だけの上演を観て、『授業』が、ジェンダーを「超越する」は言い過ぎにしても、ジェンダーを「躱す」特性があるのでは?とも。男性3人の座組、あるいは生徒を男性が演じたり、教授と生徒は女性、女中を男性という形も可能ではないか等々、妄想が広がるのである。

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