因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場 第129回公演『行きたい場所をどうぞ』

2023-02-27 | 舞台
*瀬戸山美咲作 大谷賢治郎演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 28日終了 瀬戸山美咲作品(演出のみ含め)観劇の記録→(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22 ,2324,25,26,27,28,29,30,31,32,33
 スーパーや量販店のセルフレジ、ファミリレストランやチェーン飲食店でのタブレット注文は当たり前。オムライスを席まで運ぶどころか、将棋やチェスの試合で名人を凌ぐAIロボットが登場するほどだ。春近い2月末、青年劇場が上演したのは、AIロボットと女子高校生が「行きたい場所」を探して旅をする物語だ。

 細木を組み立てた大きな柱が数本立つシンプルな舞台に、白やグレー、黒などモノトーンの衣装をつけた俳優が一人二人と登場し、柱を前後左右に動かしたり、その間を歩いたり走ったりする。柱は林立するタワーマンションのようでもあり、山中の大木のようにも見える。やがてどことも知れない町の駅前の朝の風景へと物語が自然に導かれてゆく。

 駅前の待ち合わせ場所に設置された道案内用AIロボットの夕凪は、この街について膨大なデータを搭載されており、何でも知っている。ある日、この街に引っ越してきたばかりの女子高校生光莉が「ネラ」へ行きたいと言う。データに無い場所だ。光莉は母親に黙って学校を休み、夕凪は道案内の仕事を無断欠勤して「ネラ」探しの旅に出る。

 夕凪役の若林古都美と光莉役の竹森琴美。ふたりの「ことみ」が抜群に魅力的だ。夕凪はいかにもロボット的で既視感のある口調や動作をせず、繊細な変化を見せる。伊藤沙莉を思わせる仏頂面で登場する光莉も、類型的な造形をしない。若林は昨年の『豚と真珠湾』に続く2作めか、竹森は今回が初舞台だという。この堂々たる主軸のふたりを支え、盛り立てるのが、二役や三役を演じ継ぐ若手、中堅の俳優陣で、よきアンサンブルだ。

 夕凪が日々言葉を交わす駅長や清掃員、駅を利用するサラリーマンや男子高校生、「ネラ」探しの旅で出会う女性や、山中にあるワイン工場で、酷使によって性能が落ち、廃棄処分される同僚ロボットを救おうと工場に立てこもり、待遇改善に応じなければ工場の温度を上げてワインを台無しにすると主張するロボット、「ロボットの分際で」と喚く社長など、客席も大いに沸く面白い場面なのだが、ふとロボットが人間的な感情や感性を持つほど性能が向上していることだけではなく、悪条件のもと低賃金で、あたかもロボットのごとく酷使される非正規雇用者、外国人労働者等の現状を示したとも考えられる。

 今回の公演の初日は「中高生無料デー」が設定され、劇場を訪れる若者たちの様子や、終演後のインタヴュー動画なども公開されている。舞台を楽しみ、確かな手応えを得た表情や言葉に、こちらまで嬉しくなる。生まれた時代や家庭、環境がどうであろうと、子どもたちが自分がしたいこと、行きたい場所、何が好きかを自由に考え、挑戦してほしいと思う。そのためには夕凪のように、子どもたちに対して「行きたい場所をどうぞ」を笑顔で言うことができ、その希望を受け止める大人が必要だ。

 世情は不安定で経済格差は広がり、コロナ禍の出口は見えず、戦争も終わりそうにない。「こんな世の中にしてしまって、子どもたちに申し訳ない」。時どき聞くことばだ。しかしどれほど酷い世の中でも、公演チラシにあるように「一歩を踏み出したら何かが起こる」かもしれず、本作が発する希望は大人をも励ますものだ。

 冒頭のムーブメントは、近未来の物語への導入部として効果的であったが、終幕のそれはいささか長い。夕凪が光莉に「行きたい場所をどうぞ」と呼びかけるところで余韻をひと息、そこで拍手をしたかったのだが。

 本作は今年秋から冬にかけて関東、九州ツアーが予定されている。多くの子どもたちが舞台と出会うと同時に、子どもと大人が出会う場になりますように。もちろん親御さんや先生は大切な存在だが、そのどちらでもない大人の役割は小さくないと思う。「行きたい場所をどうぞ」と呼びかけるだけでなく、「わたしはここに行きたい」と歩き始める人もいるだろう。そんな大人と子どもが出会ったら、旅はもっと楽しくなりそうだ。多くの出会いが生まれることを願っている。
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