因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

métro第12回公演『少女仮面』

2020-02-20 | 舞台

*唐十郎作 天願大介演出 公式サイトはこちら 中野/テアトルBONBON 24日まで
 先月上演されたトライストーン・エンタテイメントの同作公演の印象がまだ冷めやらぬ中、métro公演の前売はみるみるうちに売り切れ、追加公演も決まり、客席センター通路に座布団席が設置されるなど、熱気に溢れている。宝塚歌劇団の伝説的大スター・春日野八千代役を、元宝塚の男役トップスターであり、唐組公演2018年『黄金バット』、2019年『ジャガーの眼』に客演した月船さららが演じるというリアルな多重構造が今回の公演の眼目である。

「この芝居はアングラだ」というジャンル分けは必要ないのではないか。アフタートークで「タカラジェンヌ」ならぬ「アングラジェンヌ」という言葉が聞かれ、この文法?でゆくと、文学座研修生による公演は「新劇ジェンヌ」であり、ならば「新派ジェンヌ」、「小劇場ジェンヌ」、「大衆演劇ジェンヌ」、こうなったら「歌舞伎ジェンヌ」もアリだと思うのである。つまりさまざまな座組が挑戦できる作品である。しかし中でも宝塚歌劇団で生活し、文字通り男役であった月船さららには、ヒリヒリと身につまされるところが多かったと察する。

 堅固に構築された戯曲であり、真剣に丁寧に読み解こうとすると、その熱に応え、懐深く受け入れてくれる。では実際に演じてみようと立ち上がると、読んで理解した通りにからだを動かせるか、声が出せるか。難攻不落の牙城のごとく、近づく者を振り払い、蹴落とす。作り手はまた違う方向から攻め入ろうとする…といった創作の様相を妄想する。

 元タカラジェンヌであり、唐組のテント芝居にも出演した稀有な体験を持つ月船さららが、満を持して臨んだ『少女仮面』は、人々の体臭が鼻を突き、観ているこちらまで地下鉄工事で地中に埋められるかのような圧迫感が小さな劇場を満たすものであった。

 春日野八千代と言いながら、ぜったいにほんものの春日野八千代ではなく、かといって「自称春日野八千代」とも違う。濃いブルーのアイシャドーにアイラインを太く引き、整髪剤で固めた短髪に白い衣裳で舞台に現れた月船は、やや猫背で首を前にかくんと傾けた姿勢で階段を下りてくる。堂々と辺りを払う迫力もしっかりあるのだが、どこか歪なのである。ト書きの「永遠の処女春日野はどこかを病んでいるふうに~」とあるが、その反映であろうか。登場の第一声「ちょっと音楽をとめてくれ」の台詞、しぐさも表情もぞくぞくするほど「宝塚」である。しかし喫茶店のボーイ主任から「ちょうど、いい湯かげんなのです」と入浴を促されて「あ、そう」と応える台詞は急に老女じみている。

 貝(熊坂理恵子)に『嵐が丘』の演技指導をする場面で春日野が眼鏡をかけていたり(よく似合う!)、「あたしは、もう自分の貌なんか欲しくない。あたしは、何でもないんだ!」と叫ぶラストシーン、春日野は舞台から客席通路に降りて舞うように腕を高く上げ、遠くを見つめながら、むしろ満ち足りた表情でゆっくりと歩いていくなど、ちょっとした小技的なところから、作品ぜんたいの印象を変容させるところまで、目を離せない。特にラストシーンの春日野からは、「この人はこれからどこへ行くのだろう」と思わされる。『少女仮面』は永遠に終わらない物語なのだ。

 腹話術師と人形の関係性がひとつのモチーフとなっているが、『少女仮面』における操る側と操られる側の力関係が逆転する様相は、昨年秋の唐組公演『ビニールの城』に連なるものであろう。唐組久保井研が演じる腹話術師は、喫茶店ではボーイから人形の附属物のような扱いを受け、人形に妻を寝取られる。また暴力的なボーイ主任(若松力)に支配される部下のボーイ1(影山翔一),2(片岡哲也)は、後半で満州の病院の看護婦と甘粕大尉となって春日野を翻弄する。

 一見荒唐無稽の構成や展開と見せて、演出の天願大介が当日リーフレットに記す通り「デタラメに書かれたところなど一つもない」のは、春日野と貝をめぐる人々の二重性にも見て取れる。

 昨年秋からの数か月で、『少女仮面』を3度みる機会が与えられたことになる。月並みな表現になってしまうが、どれひとつとして同じものはなく、観るたびに劇世界に近づいたかと思うと、途端に道に迷ってしまい、「こういう話」とひと言でまとめられない。だから観るたびに好きになり、恐ろしくなり、切なくなるのである。

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