*公式サイトはこちら 信濃町/文学座アトリエ 29日まで
2020年の今年、創立70周年を迎えた文学座アトリエが、その記念公演のオープニングを「岸田國士フェスティバル」として、文学座創設者の一人である岸田國士作品の2本立てを上演し、記念イベントとしてリーディングとトーク、関連企画として文学座有志による自主企画公演『岸田國士恋愛短編集』を予定している。感染予防に万全の配慮をして、予定通りの上演実施がほんとうに心強く、嬉しい。
■『歳月』西本由香演出(これまでの演出作品のblog記事 1)
発表は1935年『改造』4月号だが、初演は文学座創立十周年記念公演として1947年に名古屋、大阪、翌1948年に東京・三越劇場で上演された。演出は菅原卓と原千代海の共同で、発表から初演までに10年以上が経過したことについては、同作収録の『岸田國士Ⅲ』(ハヤカワ演劇文庫)の今村良純の解説に詳しい。
三幕構成の舞台は、隠退した高級官吏・浜野計蔵家の応接間で展開する。第一幕は1919年の初春、まだ二十代前半の末妹の八洲子(前東美菜子)が、はたちそこそこの学生・斉木一正(登場しない)とのあいだに子を身籠ってしまった。長男計一(神野崇)と次男紳二(越塚学)が思案に暮れるなか、八洲子の友人礼子(吉野実紗)が八洲子と兄たちのあいだをとりもつ。第二幕は7年後の1926年。八洲子は一正と籍だけ入れて、「みどり」という娘を産んだ。女中(音道あいり)が来客の名刺を取り次ぎに来た。一正である。第三幕は1935年、みどり(磯田美絵)は17歳になり、ピアノを弾いている。計蔵は二幕で既に逝去しており、その七周忌の晩である。子どもたちはすっかり中年になっており、母駒江(名越志保)も年老いた。そこへまたしても一正の来訪。今回も名刺だけの登場である。
一度は死のうとまで思いつめながら、籍だけの夫婦になり、不実な男をどうしても思い切れない八洲子の不可思議な恋愛をめぐる一族の17年の「歳月」が描かれた短編である。八洲子の気持ちを量りかねる周囲の反応、親子、夫婦、きょうだいで交わされる会話、人物の描き分けや造形なども面白い。親は死に、子は生れ、年を重ねる。時代は第一次世界大戦後の経済恐慌、関東大震災、日中戦争の泥沼化など、日本が戦争の混乱に足を踏み入れる激動のなかにある。そのなかで浜野家長男の計一は職に就かず、ずっと独身である。彼の「そのまま」感が本作の軸となり、観客を導く。神野崇のさらりとした芸風が好ましい。和服の立ち居振る舞いの美しさ、加齢の表現も無理なく自然だ。重要人物を最後まで登場させない作りも心憎く、なのに嫌味がない。選び抜かれた上等な素材を優れた腕前で仕上げた逸品を、あたかも家庭の手料理のようにさりげなく振舞われた心持だ。戯曲を読み直して舞台を思い出せば、さらなる感興が得られそうである。