因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝公演『パレードを待ちながら』

2021-09-06 | 舞台
*ジョン・マレル作 吉原豊司翻訳 田中麻衣子演出(1,2)公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 13日まで
 第二次世界大戦下のカナダはカルガリーを舞台に、夫や息子を戦地に送り出し、銃後の奉仕活動に励む女性たちの奮闘と苦悩を歌とダンスを交えて描く。休憩を挟んで2時間10分。

 登場する女性は5人。30代前半のキャサリン(いまむら小穂)は夫の帰りを待ち焦がれながらも仕事をはじめたり、別の男性の誘いに心が揺れることもある。ジャネット(藤巻るも)は30代後半。当時の日本ならさしずめ国防婦人会のリーダーだ。「今は非常時です」と女性たちを叱咤激励し、陰口を言われても負けていない。50代のマーガレット(吉田陽子)は戦争が息子たちに及ぼす影響を恐れている。20代のイーヴ(金井由妃)は学校の教師だ。年の離れた夫の言動に悩まされている。ドイツ出身のマルタ(森田咲子)は30代。ナチスとの関係を疑われ、逮捕された父の紳士服店を一人で守っている。このように、一口に「銃後」といっても5人の事情はすべて異なっている点が重要だ。

 舞台中央に円形の板が置かれ、ここが主な演技エリアとなる。包帯巻きや歌の稽古、空襲の暗闇の中で避難する練習が行われる部屋や、マルタの店、酒場など、俳優たちが自身で椅子や机を運んで場面転換を行う。5人にはそれぞれ客席に向かって語り掛ける場面があり、家族や仲間たちにも言えない本音を訴える。

 出征兵士を励ます威勢の良い歌だけでなく、憂いを湛えた「リリー・マルレーン」(敵国ドイツの歌だ!)をしみじみと歌ったり、白いコートを着てイギリス国旗を手にきびきびと動いたり、日常会話で進行する物語ではあるが、いろいろな要素が盛り込まれたエンタメ性の高い作品だ。

 それぞれが戦争に勝つこと、夫や息子たちの無事を祈っているが、5人の気持ちは必ずしも一致しておらず、夫が兵役につかない引け目から去勢を張っていたり、女性を蔑視する夫への怒りなど、背景や事情は一筋縄ではゆかない。

 5人の女優はこれまで観劇したいくつかの舞台とは違う顔を見せて魅力的だ。その役を演じるのにふさわしい芸風や気質に加え、それぞれに課されたであろうハードルを乗り越えるべく誠実な演技を見せており、結果「適材適所の配役」となった。

 たとえばマルタ役の森田咲子である。マルタは敵国のドイツ出身ゆえ、カナダでは肩身の狭い思いをしている。父親不在の心細さを堪えて極めてさりげなく、時にはふてぶてしいほど気丈である。5人のなかでは言葉少なく、わからないところの残る人物で、明るく健気な娘のイメージから森田は大きく変容した。チェーホフの『かもめ』ならニーナが配役されそうだがむしろマーシャ、『三人姉妹』なら末妹のイリーナよりも、アンドレイの妻ナターシャを観たくなった。

 公演パンフレットの「出演者紹介」のページには劇団の先輩や後輩がメッセージを寄せている。そのなかで森田咲子に寄せたベテラン俳優田口精一の一文が素晴らしい。タイトルは「敬天愛人」。西郷隆盛の言葉である。田口と森田は、ともに鹿児島県の出身だ。その親しみを込めて、裏方仕事にも誠実に取り組んでいた新人時代を紹介し、「当然です。女性蔑視で有名な土地で育ったんだ。僕には分かる」と深いまなざしを注ぎ、森田の父君の仕事(鹿児島大学医学部教員)から、どんな成長ぶりだったかを想像し、俳優としての今後を見守る。文章にリズムがあり、読んでいてまことに気持ちよく、語る声が聞こえてくるようだ。田口精一は1930年生まれの御年91歳。森田は娘いや、孫といってもよいほどの年齢である。この年輪の厚みが劇団の力であり、俳優自身の糧になるのだろう。

 先月視聴したNHKスペシャル「銃後の女性たち~戦争にのめり込んだ“普通の人々”~」や、Eテレ「100分de名著」の『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著)を思い起こす。戦争が人間に苦難と不幸をもたらすのは万国共通であるが、前者には暴力的なまでの同調圧力があり、敗戦によって女性たちが負った傷はいっそう深くなり、後者は独ソ戦に兵士として駆り出された女性たちの戦中戦後の苦悩が赤裸々に語られて、それに比べると、カルガリーの5人は自由で明るさもある。

 戦争が終わり、帰還した兵士のパレードに手を振る彼女たちの表情は、安堵、喜び、幸福等々の言葉で単純に表現できるものではなかった。むしろ不安や怯えがあり、戦争によってこの世の裏、人間(自分も人も)の心の奥底を見てしまった女性たちは、戦争前に夫や息子と暮らしていたときと同じ顔ではない。戦争は女の顔をしていない。のみならず、戦争は女の顔を変えてしまうのである。
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