*マーティン・シャーマン作 徐賀世子翻訳 森新太郎演出 公式サイトはこちら 世田谷パブリックシアター 24日まで その後全国を巡演
ナチスドイツによる迫害が次第に強まるなか、1934年6月、血の粛清、いわゆる「長いナイフの夜事件」(Wikipedia)が決行された日の午後、ゲイのカップル・マックス(佐々木蔵之介)とルディ(中島歩)が暮らすアパートに物語ははじまる。国内を逃亡するうち、1936年、遂にナチスに逮捕され、移動列車のなかでルディは虐殺される。ダッハウ強制収容所に送られたマックスは、列車で自分を助けてくれたホルスト(北村有起哉)に再会する。
はじめて『BENT』を見たのはたしか80年代、劇団薔薇座の公演である。以来加藤健一事務所公演や鈴木勝秀演出など、今回で4度めになるだろうか。いつも思い起こすのは、アウシュヴィッツ絶滅収容所において、脱走者の見せしめのために餓死刑に処せられる仲間のひとりの身代わりになって亡くなったマキシミリアノ・コルベ神父(Wikipedia)のことばである。「愛がなければ、愛をつくる」。
ホルストは愛の人である。対してマックスはどうであろうか。まだ少年のとき、自分のセクシュアリティに気づいた彼は、父が営むボタン工場の職人と愛し合うが、彼は父が金をやって辞めさせた。以来、酒とドラッグで享楽的な日々を過ごし、ルディと同棲しながらしょっちゅうちがう男を連れ込むありさまだ。しかしまったくの冷血ではなく、おじのフレディ(藤木孝)に用意してもらった外国逃亡の切符と書類が一人分であると知ると、「あいつを置いてはいけない」と頑なに拒む。絶望を思い知るための作品というものもたしかにあるが、『BENT』もそうなのだろうか。いや、そうではないと否定しつつ、「すべての人間性を剥奪される極限状態にあってなお、愛を貫いた崇高な物語」と美しくまとめるのもちがうような気がするのである。
ホルストの咳を治そうと、マックスは収容所のナチス大尉(石井英明)に辱めを受けてまで、薬を手に入れた。しかしその行為の事情を見透かされ、ホルストは殺されてしまうのである。愛は人を助け、守る。しかしマックスの愛のために、ホルストは死ぬことになる。彼の愛は成就しない。この作品が観客に何を与えるのか。マックスとホルストがともに死ぬことを考えると、「愛は勝つ」という高らかな讃美よりも、愛を持った人間が無残に死ぬ様相が否応なく突きつける絶望のほうが強い。
今回森新太郎の演出は一つひとつの場面をじっくりと丁寧に描いている印象を受けた。
ホルストを葬ってから、マックスは再び石を運びはじめる。が、やがて作業をやめてホルストを投げ入れた穴にゆき、ピンクの三角がついた彼の上着を取る。そしてマックスは舞台正面に立ち、上着を着替える。この立ち位置もさることながら、ここでの佐々木蔵之介の「立ち方」、からだや表情など彼ぜんたいから、客席に「見せる」という意識が強く発せられていたように感じたのである。歌舞伎のように見得を切るわけではないにしても、これからものすごいことを見せる光線があまりに強烈で、むろん舞台で起こることを客席に見せるのが演劇なのだから当然といえばそうなのだが、自分には違和感があった。そこからマックスは高圧電流の通る有刺鉄線に向かってゆっくりと歩んでいく。ホルストはゲイであることを隠さず、マックスと愛しあったがためにナチス大尉にゲーム感覚で殺された。触れあったことはなくても、まぎれもなくホルストはマックスの恋人であり、愛のない収容所で、愛をつくり上げた人であった。「どんな手段を使っても生き延びる」と決意していたマックスが、ホルストに殉じるかのように自ら死を選ぶのは、一種の信仰告白とも言えよう。
ラストシーン、戯曲にはマックスの動作が淡々と記されている。彼がどんな表情か、どのように歩くのかなどは、演出と俳優に委ねられているわけだ。ここでも佐々木は非常にゆっくりと歩いていく。不気味な音が次第に高まるなか舞台が暗転、明るくなると、マックスは正面を向いて舞台に立っており、カーテンコールで中央に走り出る。ここでも自分の戯曲の読み方としては、マックスが舞台から消えているほうが好み(という言い方は適切でないか)なのだが。
見る側としては、違う翻訳、演出、さまざまな座組みを味わいながらも、見るたびに課題が与えられる作品と言えよう。たとえばはじめて見たときは、石運び作業の休憩3分のあいだに二人がみごと愛を交わす場面に衝撃を受けた。しかし今回は、2度めに交わろうとしたとき、マックスがいささか乱暴な行為を試そうとする。それに対してホルストが切ないほど「優しくしてほしい」と訴え、マックスがそれを受けとめる場面のほうが心に響いた。
できることなら今回の森演出、佐々木蔵之介と北村有起哉の舞台をもう一度見られたらと思うし、いつの日か、また新しい『BENT』に出会えることを願っている。
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