因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

CROQUIS(クロッキー) vol.0『余炎』

2016-08-21 | 舞台

柳井祥緒十七戦地 1作、後藤彩乃演劇集団円演出 公式サイトはこちら 20日、21日 台東区根岸・子規庵
 「クロッキー」とは、短時間で描く写生のこと。では「デッサン」や「スケッチ」とはどうちがうのか?ネットでこのような解説を見つけた。「クロッキー」は、人物や動物など動きのあるものを素早く簡潔に線のみで描写することを指すとのこと。演劇ユニットCROQUIS(クロッキー)は、「その名の通り、短時間で、人間のすがたを描写することをめざす、演劇ユニットです。息づかいが伝わる小さな空間で、会話劇を中心とした短編戯曲を上演していきます」(公式サイトより)とのこと。演劇集団円研究所出身の俳優・牧野希世を中心に、演出家、共演者とも円研究所出身者による座組みである。

 終戦直後の福岡県横泉水町の小さな庵で、俳句とそれに関わった人々の愛憎を巡る40分の会話劇である。牧野のブログ「まきのきよのひびつれづれ」に「杉田久女(Wikipedia)がモデルになっている」と記されており、ゆかりの人々の名からも「あの人のことだ」と即座に想像できる俳人もあり、物語と知っていても生々しくスリリング。

 俳句の女王と讃えられながら、師匠である高野蒼穹(高浜虚子のことか)に疎まれ、句集の出版を阻まれて結社からも追放された伊坂なみ女(千葉沙織)は、蒼穹に手紙を出し、結社復帰を願い出ていた。返信がないことで俳句の道を諦め、句稿を寺に奉納する準備をしている。そこへ句妹(くまい、と読む。俳句における後輩、妹弟子のこと)の橋本凪子(平田舞)が訪れる。終戦直後の郵便事情のためだろう、師は返信を出したのだが、なみ女のもとには届いていなかった。凪子は復帰を許す師のことばを直接伝えに来たのである。動揺するなみ女を同居人の四方津ヨネ(牧野希世)は叱咤し、凪子に強い警戒と嫉妬を露わにする。俳句とそれに関わる人びとの濃厚な情念の物語である。

 はじめて足を運んだ根岸の子規庵は、JR鴬谷駅から徒歩7分程度、古い家々のなかにラブホテルの混じる不思議な町並みのなかにある。狭い玄関を入り、二間の座敷の左側が客席、右側が演技スペースだ。キャンセル待ちのお客さんの座席を演技スペースぎりぎりまでこしらえ、ぎっしり満員だ。
 俳句の聖地とも言える場所で、俳句にまつわる演劇を上演する。題材にぴったりの場所であると同時に、場所の持つ力があまりに強烈な場合、フィクションである芝居、演じる俳優がうまく溶け込めないこともあるわけで、観劇前に若干の懸念があったが、座敷に身を置くうち、自然に『余炎』の世界を見つめることができた。
 子規の命日9月19日の糸瓜忌を翌月に控えた子規庵での上演が叶ったことはもちろん大変な幸運だ。子規庵で俳句にまつわる演劇を見るという、めったにない体験ができたこともありがたい。しかしたとえば上野のギャラリーしあん、目白の古民家ゆうどなどもよいだろう。その一方で、このきっちりと構築された会話劇を音だけで聴いてみたくなった。つまりラジオドラマや朗読劇の可能性もあると思われるのである。

 なみ女を「お姉さま」と慕う凪子だが、師匠の温情を頑なに拒むなみ女に対し、なみ女の句に大変な酷評をはじめるあたりから劇の空気が変容する。ヨネは俳句を嗜まない立場からなみ女に同情し、凪子や蒼穹をはじめとする俳人たちへ、激しい嫌悪と怒りを示す。3人の女性たちの論争は、「俳句」を媒介とした愛憎劇であり、単なる尊敬や友情を越えた、いささか危ない同性愛的な感情のねじれまでも見せはじめる。

 それにしても、なみ女と凪子が互いの句を批評、批判することばの激しいこと、鋭いこと。句会でこんな言い方をされたら大半の人は恐れをなし、二度とやってこないだろう。だがここに俳句に人生を捧げた人ならではの強い精神、腹の据わり方が伝わる。言う方はただ罵倒するのではなく、もっといい言葉の選択、措辞にたどりつけるよう責任を持って導き、言われた方も納得できれば素直に受け入れる。俳句はひとりで作るのではない。多くの句友に出会い、句会に出席して成長していく様相をまざまざと見せつけられた。なみ女が句の情景、そのときの感情について凪子を導く場面は、単に句作の指導を越えた温かで優しい人間どうしの交わりが感じられる。
 だがその一方で師匠の蒼穹の痛いところを突く句を出したりなど、俳句は、いや女は怖い怖い。

 1日3回上演を2日間、いずれも満席で、キャンセル待ちの盛況だったとのこと。子規庵は演劇上演の場としては作り手、受け手にとって勝手の良くない面はたしかにあるだろうが、町並みを楽しみ、場の雰囲気を味わいながら、濃厚な会話劇を体験できる貴重な公演であった。今回が演劇ユニットCROQUISのvol.0公演だ。戯曲や上演会場の選択、芝居作りの過程を想像するに、柔軟な感覚で直感的に選ぶことと(ここがまさにクロッキーの手法)、それをじっくりと考察し、根気よく作りあげる両面を併せ持ったユニットではないだろうか。早くも次回が楽しみだ。

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