因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

コニエレニ×ビニヰルテアタアVol.1短編戯曲集『ふたつの小部屋』より『隣の部屋』

2018-06-08 | 舞台

*公式サイトはこちら 御徒町/Gallery Spaceしあん 10日(日)まで
 
劇団唐組を退団した俳優の赤松由美が個人事務所「コニエレニ」を立ち上げた。母体はポーランドの個人出版社「うましか書房」で、ポーランド演劇を活動の主軸にするという。同じくかつて唐組の紅テントで共に演じた千絵ノムラのビニヰルテアタア1,1')と二篇の戯曲を上演する。共演は東京乾電池の俳優・西本竜樹と吉橋航也。これはぜひとも!と、夜訪れるのは今回が初めてのGallery Spaceしあんへ。縁側の演技スペースにはちゃんと緞帳が作られており(しあんでこういう趣向は珍しいのでは?)、赤松由美がポーランド語で格調高く前説を述べ(携帯電話の電源を切るなどということらしい)、西本竜樹が「ま、ひとつこんな感じでよろしく」と雰囲気をほぐしたところで、上演開始である。

『隣の部屋…ズビグニェフ・ヘルベルト原作 関口時正翻訳 千絵ノムラ演出 赤松由美、西本竜樹(東京乾電池)出演 戦中戦後を通して反体制思想を貫いたポーランドの抵抗詩人による作品である。寡聞にて、この作家の作品は今回がはじめてである。演技スペースいっぱいにベッドが置かれ、結婚式を終えたばかりと思われる男女が楽し気にダンスを踊りながら登場する。縁側のガラス戸には夥しいほどの(おそらくポーランド製の)ポスターに覆われた壁が作られて、若夫婦の部屋はいよいよ狭苦しく、ことばにしがたい奇妙な雰囲気が支配する。

 隣の部屋には老婆が住んでおり、若夫婦は何とかしてその部屋を手に入れたい。老婆が一日でも早く出て行くか死ぬかしてくれないか。隣の物音や気配に右往左往しては、傍目にはばかばかしいほど悪戦苦闘を繰り返す。その様子はユーモラスというより、次第に不気味なものに変容していく。隣にはほんとうに老婆がいるのか。実は老婆などは存在せず、老婆の一挙手一投足(それもほとんどが若夫婦の想像、妄想である)に一喜一憂している若夫婦は、もしかすると国家という巨大な権力に支配され、監視されているのではないか。

 Gallery Spaceしあんで観劇する楽しさは、縁側から庭の様子、おもての物音などが聞こえてくるなかで劇世界を味わうところにある。それが今回はガラス戸がしっかりと覆われている。夜の観劇だったので、若夫婦の部屋には重苦しい閉塞感が立ち込めている。と同時に、「どうもこの夫婦はおかしいぞ」と異空間的な雰囲気がだんだん濃くなっていく。もし昼公演だったらと想像してみると、壁で覆ったとしても表の光は入ってくるであろうから、「いったいこの夫婦は昼日中から何をやっとるのだ」と滑稽味が増し、終幕に向けて劇空間の変容の振り幅が、夜公演とは変わってくるだろう。

 南国の色鮮やかな花々を思わせる赤松由美が、ポーランド演劇に魅せられたというのは、まことに不思議な「演劇的ご縁」であり、コニエレニのこれからの歩みが、「演劇的必然」と形づくられていくよう祈っている。

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