因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

視点vol.1『Re:TRANS』

2010-09-23 | 舞台

MUミナモザ1,2,3,4,5,6,7,8,9)、鵺的(1,2)による短編コンペティション 公式サイトはこちら 渋谷ルデコ4F 26日で終了
 タイトルの示す通り、鴻上尚史の『トランス』への返信をテーマに3人の劇作家が30分~40分の短編を書き下ろしたものだ。『トランス』の舞台は2回みており、鈴木裕美演出の98年版は戯曲に忠実で手堅い作り、対して2008年の多田淳之介演出版は刺激的であったことは確かだが、戯曲の世界からいささか乖離している印象も否めないのだった。本作は全国で1000近くの集団で上演されており、鴻上の作品のなかでもっとも上演回数の多い作品だそうだ。改めて読み直してみたが、戯曲『トランス』は実におもしろかった。こんな言い方をするとあんまりだが、実際にみた舞台よりも戯曲を読むほうがおもしろかったと言ってもよい。魅力的な戯曲に出会えることは幸運だが、それは「じっさいの舞台をみるよりも、戯曲を読んで自分の脳内で想像する舞台のほうがおもしろくなってしまう」という、不幸でもあるのだった。

 さてルデコの『Re:TRANS』である。
 鴻上作品をベースにしているわけではなく、3人ないしは4人の男女が登場し、本家の設定のごく一部を使っているので、本家本元を知らなくてもじゅうぶん楽しむことはできる。むしろ本家にあまりこだわらないほうがよいと思う。

 1本めは瀬戸山美咲の『スプリー』。病室で男(宮川珈琲)が両足と右手を怪我して横たわっている。やがて現れた女(木村キリコ)は、白衣を纏っているところをみると医師らしいが、やおら男の上に馬乗りになって胸を押し始める。苦しさに驚いて目覚める男。何するんですか、肋骨を折るのよ、なぜそんなことを。男の言うこと、反応はまともであり、女は圧倒的に無茶である。この極端なやりとりに、男の主治医であり、女の元愛人のカサイ(実近順次)が加わって話はますますおかしくなっていく。看護士がストレスのはけ口に患者の肋骨を折っていた実際の事件をモチーフにしているとのことだが、自分は寡聞にてその事件のことを知らず、ついさきごろ報道された、患者の足の爪を剥がした容疑で逮捕された看護士が無罪判決を受けた事件が頭をよぎり、肋骨をなぜ折るのかという話のどこに着地点を探せばよいのか迷っているうちに、緊張が緩んでしまった。そのあたりから男が「僕はあなたに肋骨を折られるだけのことをしたんだ」と語り始めた。男と女のやりとりは、それまでの大騒ぎが嘘のように静かで深く哲学的、詩情すら漂う。
 短編はいろいろな面でむずかしさがあるのだと思う。劇作家が伝えたいこと長編よりも凝縮する必要がある。かといってあまり早く本題を示してはみるほうもおもしろくない。まして瀬戸山美咲は筆の運びが慎重な劇作家である。どのあたりで加速するのか、みるほうもエネルギーの配分がむずかしい。2時間の長編に書き膨らますよりも、もっと短く凝縮した作品にするとどうなるのだろうか。観劇から数日たって、ずっと考えている。
 2本めは高木登の『クィアK』。あるゲイ(今里真)と彼のなじみの男娼(平山寛人)、ゲイの男性と「やりたいんです」と彼から罵詈雑言を浴びせられながら、部屋に居つづける女(宮嶋美子)。セクシュアリティが揺らぐ男女の歪な三角関係だけでなく、奴隷のように虐げられていた女が最後の最後になってゲイの優位に立っていることが示される様相にはぞくりとするほど隠微である。『スブリ―』とは逆に凝縮しすぎて、ずっと緊張を保ってみることはできたけれども、暴力的な言動が続く描写はいささかつらい。人物が話している内容よりも、彼らが発する大声や乱暴な言葉遣いに反応してしまう。もっと抑制した演技で、セクシュアリティが混乱していくさまを見たい。
 3本めの『無い光』含め、「もっと書ける方々ではないか」という思いを強く持った。鴻上尚史の『トランス』への返信という不敵なコンセプトを掲げるからには、もっと研ぎ澄まされた鋭いものをみたい。それは物語の設定が特殊にすることや、異常な人々を登場させることや、彼らに乱暴な言動をさせることでもないと思う。

 今回は受付開始と開場が同時であり、これは受付が終わって場合によっては長いことルデコの階段に並んで待たなくてよいメリットもあるのだが、エレベーターで4Fまで昇ってきたお客さんが、「受付開始はまだなので階段に沿ってお並びください」と、階段をかなり下まで降りなければならないという流れである。当日精算や整理券の配布がある場合が多く、まずは会場階まで昇って受付を済ませてから開場まで並んで待つ。この流れに慣れている身にしてみれば、今回の方法は少々もどかしいものであった。自分は演劇制作の事情を知らないのでもしかすると見当違いを言っているのかもしれないが、たとえば1階の入り口にスタッフを1人配置したり、張り紙1枚しておけば、わざわざ4Fまで昇ってから階段を下りなくても済むのではないか。また今回は3作が掲載された上演台本が販売されており、終演後買い求めたのだが、帰宅して開いてみると印刷状態の悪いページが何枚もあった。自分が購入したものが運悪くそうだったのかもしれないが、たとえ500円のお値打ち価格であってもお金を取るのだから、販売前にチェックはしてほしいと思う。

 おやま、小言が多くなってしまいましたね。すっきりしたデザインのチラシやチケットはセンスの良さを感じさせ、視点プロジェクトの試みは劇作家の旺盛な演劇活動を促進し、これからもっと刺激的な企画に発展していく予感がするのは確かで、2時間楽しめた。しかし自分は強欲なのだろう。もっと深くもっと鋭く、もっと豊かなものを求めたいのである。

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