ひとのこ通信

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東日本大震災から7年

2018年03月11日 | 日記

東日本大震災から7年を迎えました。

全国で祈りがささげられたことと思います。

以下、教会の礼拝の中で語ったメッセージを以下、転載いたします。

もし宜しければお読みいただければ幸いです。

2018年3月11日 礼拝メッセージ

聖書箇所:マタイによる福音書27章1-26節

「命の道を選び取る」


東日本大震災から7年

 今日で東日本大震災と原発事故から7年を迎えました。全国で祈りがささげられていることと思います。岩手地区では今日の午後2時半から、宮古教会と一関教会を会場にして東日本大震災7年を覚えての礼拝が行われます。

 地震、津波、原発事故による放射能の被害は、いまも深い傷跡を残したままです。現在も多くの方々が生活の困難、避難生活を余儀なくされています。

 もちろん、少しずつ復興が進んでいる部分もあります。仮設住宅から復興住宅(災害公営住宅)に移り住む方々も増えています。私たちの教会が属する町内と隣接する町内にも復興住宅が建設される予定であると聞いております。少しずつ復興は進んではいますが、同時に、多くの方々がいまだ困難を抱えながら生活しています。支援が打ち切られ、生活がより困難となっている方々。またたとえ建物や生活は再建されても、心と体が立ち上がることができない方々も多くおられます。

 昨日、NHKで夜9時から、『誰にも言えなかった ~震災の心の傷 母と子の対話』という番組が放映されていました。御覧になった方もいらっしゃることと思います。東日本大震災で被災した女の子とそのお母さんのドキュメンタリーでした。女の子は3歳のとき釜石で被災し、祖父母と叔父を亡くしました。その心の深い傷をずっと面に出さないように努めていましたが、震災から5年近くが経ったとき、押し込めていたものが表面に出て来きて、心と体に異変が生じるようになったとのことでした。少しずつ悲しみに向き合い、少しずつ前へと進んでゆこうとする家族の姿が描かれていました。

 番組の中では、震災による心のケアが必要な子どもたちは分かっているだけで14000人以上いると報じられていました。この女の子のように、何年も経ってから心と体に異変が生じる子どももたくさんいることと思います。

 皆さんにおいても時間が経ったいまだらこそ、押し込めていた心の傷、痛み、悲しみが表面に出て来ているということがあるかもしれません。震災から時間が経ち、自分の心と向かい合うことができるようになりつつある今、ますます心のケアへの取り組みが重要になってきているのを感じます。

 聖書に《喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい》という言葉があります(ローマの信徒への手紙12章15節)。喜びも悲しみも共にしながら、少しずつ共に前へ進んでゆけるよう願っています。

 

福島第一原発の廃炉作業

 一昨日の金曜日には、テレビ朝日の報道ステーションで福島第一原発の廃炉作業の特集が放送されていました。番組を観ていて、原発事故によっていかに取り返しのつかないことが起こってしまったかを改めて思わされました。

 原発の廃炉作業には、核燃料の取り出し、汚染水の処理の問題など、困難な問題が山積みですが、最も困難なのは溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しであると言われます。番組ではそれがいかに困難な作業であるかが報じられていました。国が主張している40年後の廃炉計画はおよそ現実的ではない、100年単位で考えた方がよいのではないか、という専門家の意見も紹介されていました。廃炉作業においては、現場の最前線で作業に当たっている方々の健康被害も非常に心配です。

 今から100年後――途方もない長い年月です。もちろん、100年後にはここにいる誰もおそらく生きていないことでしょう。未来の世代にとんでもない負の遺産を遺してしまった私たち。これ以上、私たちは負の遺産を次世代に遺してはなりません。せめて、いま全国にある原発を早急に停止し、ゼロにしてゆくことがいまを生きる私たちの責任であると思います。

 原発事故から7年を迎えたいま、私たちは改めて原発事故の悲惨さを思い起こし、同様の事故を二度と起こさない決意を新たにしなくてはならないでしょう。

 1986年のチェルノブイリ原発事故から5年後に成立した「チェルノブイリ法」では、起こったその出来事を「事故」と呼ぶことを止めたそうです。「事故」ではなく、「カタストロフィ」(大惨事、大災害、破局)と呼ぶことにした。取り返しのつかない、地球規模のカタストロフィ(破局的な出来事)が起きたと考えたからです。その認識のもと、チェルノブイリ法では国による被害者に対する長期的な補償が定められました(参照:日野行介/尾松亮『フクシマ6年後 消されゆく被害 歪められたチェルノブイリ・データ』、人文書院、2017年、200‐201頁)。私たちもまたこの度の原発事故で、取り返しのつかないこと、カタストロフィを引き起こしてしまいました。原発事故を過小評価し、各地の原発を再稼働させようとする動きがある中で、私たちは今一度、カタストロフィを起こしてしまったという認識の下で、この問題に向かい合ってゆかねばならないでしょう。

 

放射線の健康への影響について

 世論調査などを見ると原発に関しては日本に住む多くの人が反対の意見を持っていることが分かります。一方で、放射線の健康への影響についてはさまざまな受け取り方があります。原発事故から7年が経過した現在、放射線被ばくによる健康への影響は「ない」ものとする風潮、もしくは「極めて軽微」なものとする過小評価しようとする風潮がますます強まってきているように感じ、強い危惧を覚えています。

 確かに、低線量被ばくの影響はいまだ分かっていないことが多く、因果関係を現時点でははっきりと特定することはできない部分があります。けれども、それはあくまで現段階では因果関係を「識別できない」ということなのであって、原発事故による健康への影響が「ない」ということにはなりません。「識別できない」ということと「存在しない」ということとをイコールにして、この問題についての議論が終わらせようとしている風潮があることを感じます。現時点では影響がはっきりと「識別できない」からこそ、そのリスクに対してできる限り注意を払い続けることが重要ではないでしょうか。そのために、長期的・継続的な検査をしてゆくことも不可欠のことです。

 会津放射能情報センター代表の片岡輝美さんが、「反原発・被ばく容認」という立場が最近力をもってきていることへの危惧を述べていらっしゃいました(今、憲法を考える会・通信『ピスカトール No.43』、2018年2月20日より)。「反原発・被ばく容認」というのは、原発は反対であるけれど、この度の原発事故による放射線の健康被害は「ない」ものとする立場、または「極めて軽微」なものとして被ばくを容認する立場です。この「反原発・被ばく容認」の立場においては、放射能の不安を訴えることは、「福島への差別を助長する」行為として批判されます。

 片岡輝美さんはこのような「被ばく容認」の考えは受け入れることができない、と述べておられました。「反原発・被ばく容認」ではなく、「反原発・脱被ばく」の立場をこれからも選んでゆきたい。私も同様の意見です。私たちは命をこそ、第一に考えてゆかねばならないと考えるからです。

 もちろん、「反原発・被ばく容認」の立場に立つ方々も福島の人々のことを思って発言しておられるのだと思いますが、命を守るためには「反原発」のみならず、「脱被ばく」の立場をはっきりと選び取ってゆかねばならないと考えます。被ばくは決して、「やむを得ない」ものとして容認してはならないものです。特に、放射線の影響を受けやすい子どもたちを守るために、私たちは「脱被ばく」を堅持してゆかねばならないでしょう。

 

「イエス・バラバか、イエス・キリストか」

 本日の聖書箇所には、ローマ総督ポンテオ・ピラトの下でなされた、イエス・キリストの裁判の様子が記されていました(マタイによる福音書27章11-26節)。その中で、ピラトが、バラバという人物と主イエスと、どちらを解放するかを集まっていた群衆に問う場面が出て来ます。当時、過越し祭の際に囚人を一人釈放するということがなされていたようです。バラバという人物は、おそらくローマ帝国への抵抗・独立運動の指導者の一人であったと考えられます。一部の人々からは英雄視されていた人物であったのかもしれません。バラバは奇遇にも、主イエスと同じ「イエス」という名前でした。捕らえられている二人のどちらを、あなたたちは釈放してほしいか。「イエス・バラバか、イエス・キリストか」。

 ピラトの問いに民衆は「バラバを」と言いました(21節)。ピラトが「では、メシアと言われているイエスの方は、どうしたらよいか」と言うと、人々は「十字架につけろ」と言いました(22節)。

 私たち人間の歴史は、イエス・キリストではなく、イエス・バラバを選んだのです。主イエスはその後、十字架に磔にされるため、ローマ兵たちに引き渡されることになります。主イエスが十字架につけられたのは、一部の人々の自分勝手な都合のためであったことを福音書は記しています。自分たちの勝手な都合のために、無実の人を十字架につけて殺してしまった。自分たちの利益のために、神の子を十字架につけて殺してしまったのです。

 この出来事が起こったのは今から2000近く前のことであり、確かにずっと大昔のことです。けれども私はこの出来事を、いまの私たちの社会につながっているものとして受け止めています。目の前にある自分の都合や利益を最優先させ続けてきてしまった私たち。その結果が、この度の原発事故の大惨事となって現れ、いまの日本の社会の現状となって表れているのではないかと考えるからです。

 

命の道を選び取る

 私が改めて思い起こすのは、旧約聖書の申命記の言葉です。申命記の結びの部分には、モーセを通して、神と人間との間で再び契約を結ぶ場面が記されます。

 その中で、モーセを通して主なる神が次のようにおっしゃいます。《わたしはあなたたちとだけ、呪いの誓いを伴うこの契約を結ぶのではなく、/今日、ここで、我々の神、主の御前に我々と共に立っている者とも、今日、ここに我々と共にいない者とも結ぶのである》(申命記29章13-14節)。イスラエルの民が今日ここで決断することは、まだここにはいない未来の世代にも深い影響を及ぼすのだ、と語られているのです。

 そしてその後、主なる神は、集った一人ひとりに命じられます。《わたしは今日、天と地をあなたたちに対する証人として呼び出し、生と死、祝福と呪いをあなたの前に置く。あなたは命を選び、あなたもあなたの子孫も命を得るようにし、/あなたの神、主を愛し、御声を聞き、主に従いなさい》(申命記30章19-20節)

 あなたがたの前にはいま、「命と死」、「祝福と呪い」とが置かれている。あなたはいま、どちらの道を選び取るのか。あなたは「命」をこそ選びなさい。そうして、未来の子どもたちも「命」を得られるようにしなさいと命じられています。

 私たちが今日、何を選び取るか、どのように決断するかが、自分たちのみならず、まだここにはいない未来の世代にも影響を及ぼしてゆきます。

 かつて私たちは自分たちの都合や利益のためにバラバを選び、主イエスを十字架にはりつけにしてしまいました。戦後、私たち日本の社会は自分たちの都合や利益を優先し、原発推進の道を選び、結果、原発事故という大惨事を引き起こしてしまいました。その過去を踏まえ、今度こそ、私たちは「命」の道を選び取ってゆきたいと思います。

 未来の子どもたちに「呪い」ではなく「祝福」をこそ残してゆきたい。「死」ではなく「命」をこそ手渡してゆきたいと願います。この道には確かに、さまざまな困難が伴うかもしれません。時に疲れを覚え、座り込んでしまうこともあるかもしれません。しかし、この道を歩む人々といつも主は共におられ、私たちに立ち上がる力を与えてくださることを信じています。いま共に、「生命と尊厳とを第一とする道」を選び取ってゆきましょう。

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不安の正当性 ~放射能の健康への影響に関して

2017年12月09日 | 日記

1、放射能の健康への影響

 久しぶりの更新です。厳しい寒さが続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

 最近改めて、放射能の健康への影響の問題について考えていました。

 原発事故から6年と9ケ月が経過し、放射線被ばくによる健康への影響は「ない」、もしくは「極めて軽微」なものとする風潮がますます強まってきています。

 確かに、低線量被ばくの影響はいまだ分かっていないことが多く、因果関係を現時点でははっきりと特定することはできない部分があります。しかしそれはあくまで現段階では因果関係を「識別できない」ということなのであって、原発事故による健康への影響が「ない」ということにはなりません。「識別できない」ということと「存在しない」ということとをイコールにして、この問題についての議論が終わらせようとしている風潮があることを感じ、強い危機感を覚えています。現時点では影響がはっきりと「識別できない」からこそ、そのリスクに対してできる限り注意を払い続けることが重要なのであり、長期的・継続的な検査をしてゆくことが不可欠であると考えます。

 原発事故を過小評価しようとする風潮がますます強まる中にあって、何とかこの流れに抗ってゆけないものかと考え続けています。


2、「不安」の正当性

 この問題を考えるにあたって大切な示唆を与えられた本をご紹介します。今年の3月に発刊された伊藤浩志氏の『復興ストレス 失われゆく被災の言葉』(彩流社)という本です。

 伊藤氏はフリーランスの科学ライターで、専門は脳神経科学。本書では、放射能の影響に対して「不安」を感じることの重要性を、最近の脳神経科学の成果も交えながら記しています。放射能に対する不安を口にすると批判されてしまう風潮が現在の私たちの社会にはありますが、放射能という未知の脅威に対して強い不安を覚えることは、極めてまっとうな感覚であることを伊藤氏は繰り返し強調します。そして放射能に対する不安を正当に評価することが、被災した人々の尊厳を回復することにつながるのだと述べます。

《真の意味での復興には、被災者の尊厳の回復が欠かせない。そのためには、多様に存在する被災者の健康リスクの全体像に肉薄し、被災者の抱く不安を正当に評価することが必要であろう。近年急速に進歩を遂げている脳神経科学など生命科学の知見を踏まえ、放射線被ばくにおける「不安」をめぐる言説を検証し、閉塞した状況を打開する方策を探る》(42頁)。

 これら言葉に私は深い共感を覚えます。私たちはいま改めて、放射能への不安を正当に評価し直すことが求められているのではないでしょうか。


3、不安の生物学的な合理性

 伊藤氏はまず、私たちが未知の脅威に対して強い不安を感じることには生物学的な合理性があることを述べます。いわば《不安とは、生物が進化の過程で獲得した生存の危機に対する警報装置》(38頁)なのである。火災報知器が万が一の火災に備えてわずかな異変をも察知するように設計されているように、私たち生物においてもリスクに対して敏感に反応するようにプログラムされているのだ、と。ちなみに、この警報装置としての機能を果たしているのは、脳の偏桃体という部位です。

 伊藤氏は偏桃体研究第一人者のルドーの次の言説を紹介しています。

 私たちが野道を歩いていて、曲がりくねった物体に遭遇したとする。「ヘビだ!」と思って飛び退いて、実はそれが曲がりくねった小枝だとしたら、臆病者と笑われるかもしれない。しかし、ヘビを小枝と早合点して噛まれて死ぬより、たとえ取り越し苦労であっても、最悪の事態(=ヘビに噛まれて死ぬこと)を想定して「素早く動く」方が、生存にとっては有利なのである、と。《緊急時には、最悪の事態を想定しておけばいい。取り越し苦労なら、後からいくらでも取り返すことができる。何ごとも、命あっての物種だ。長い眼で見れば、ヘビを小枝と間違えるより、小枝をヘビと間違えるほうが生存に有利になる》(39頁)。

「正確さ」を追求するのが科学的な態度ということになるでしょう。しかし不確実性の高い課題に対しては、「正確さ」よりも「素早い反応」の方が重要となる場合がある、と伊藤氏は述べます。放射能問題はまさにこの不確実性の高い課題の最たるものでしょう。であるとすると、放射線被ばくについての科学的な証明を待つより先に、予防的に先手を打つことが重要なこととなります。科学的な因果関係の解明を待っているうちに、どんどんと対策が遅れて行ってしまうとしたら、それこそ取り返しがつきません。

 また不確実性の高い状況下では、「情動」に基づく判断は、「理性的」な判断よりも高い合理性を発揮する可能性が高い、ということも伊藤氏は述べています。これらのことからも、《子どもへの放射線の影響を心配する母親の不安を、科学的根拠が希薄だからという理由で、「過度な不安」と決めつけることはできない》(73頁)のだと伊藤氏は語ります。

 放射能問題に対して、「感情的になる」のは良くないこととされ、「冷静で、理性的である」ことが良しとされている風潮がいまの私たちの社会にはあります。しかしそのような「理性的」で「科学的」な態度がどんどんと対応を遅らせ、人々の――とりわけ子どもたちの心身を傷つけることにつながっていはしないかとの強い不安を感じざるを得ません。

 

4、不安を取り除くのではなく、原因に対処すること

 強い不安やストレスが私たちの健康に大きな影響を与えるということは確かにあるでしょう。昨年はNHKスペシャルで『キラーストレス』という番組も放映されました(番組は書籍化もされています。NHKスペシャル取材班『キラーストレス 心と体をどう守るか』、NHK出版新書、2016年)。偏桃体が常に活性化し、強い不安を感じ続けていることがいかに心身に深刻な影響を与えるかが報告されています。

 放射能自体より、放射能に対して強い不安を覚えることこそが健康被害につながっているのだ、という意見もあります。だから放射能に対する「正確な」「科学的な」知識を身に着け、不安を取り除いてゆく必要があるのだ、と(政府が推進しようとしているのはこの立場です)。

 不安を軽減させてゆくというのは私たちの日々の生活にとって大切なことでありますが、放射能問題に関しては、より根本的に重要なことがあるように思います。不安を引き起こしている原因に対処してゆくということです。放射能に対する不安を取り除くのではなく、その不安を引き起こしている原因に対して具体的な対策がなされなければ、人々の苦しみは本当にはなくなることはないでしょう。私を含め、大勢の人々が不安を覚えている対象は、妄想でも幻でもありません。放射能汚染という現実です。低線量被ばくによる影響という、いまだ私たち人類にとって未知の現実です。

 チェルノブイリ事故から5年後に成立した「チェルノブイリ法」においては、「チェルノブイリ事故」とは呼ばないそうです。「事故」ではなく、「カタストロフィ」(大惨事、大災害、破局)と呼ばれる。カタストロフィ、しかも地球規模のカタストロフィ(破局的な出来事)が起きたという認識のもと、チェルノブイリ法では国による被害者に対する長期的な補償が定められました(法の正式名称は『チェルノブイリ・カタストロフィの影響に曝された市民のステータス』。参照:日野行介/尾松亮『フクシマ6年後 消されゆく被害 歪められたチェルノブイリ・データ』、人文書院、2017年、200‐201頁)。

 放射能問題を「心の問題」にしてしまうことは、向かい合うべき現実から目を背けることにつながってしまうでしょう。


 最後に、少し長くなりますが、伊藤氏の文章を引用いたします。

《「みんなと一緒じゃないと、変だと思われる。母も、旦那も、放射能のことは心配しなくて大丈夫という。だんだん私、自分の頭がおかしいのかと思うようになってきた」。福島県在住のある母親は、泣き顔でつぶやく。

 そんなことはない。不確実性の高い状況下では、偏桃体は、活性化しやすいことが分かっている。偏桃体の活性化、その結果としての警戒心の高まりは、不確実な環境に対する学習を促す。

・・・不安は、生命を脅かす原因を特定して、取り除くことで解消する。カウンセリングなどによって一時的に不安感が和らいだとしても、原因があり続ける限り、不安という警報装置は鳴り続ける。原因があるのに特定されずに放置されたままになっていたり、もしくは気づいていながら慣れから不安を感じなくなってしまったとしたら、かえって危ない。より大きな危険が迫ったときに、対処できない可能性が高いからだ。今回の原発事故自体、安全神話に囚われ、少しでも安全性を高めようとする謙虚さに欠けていたから起きたのではなかったか。

 彼女が不安を感じる原因は、期待通り進まない除染かもしれない。福島第一原発からの汚染水漏れかもしれない。廃炉作業の見通しが不透明なまま進められる国の帰還政策に対する不安かもしれない。ひょっとしたら敏感な彼女は、センサーの感度が鈍い我々が気づかない危険を、いち早く察知しているのかもしれない。だから我々は、高性能の警報装置を持つ彼女の声に、真摯に耳を傾ける必要がある。被災者に寄り添うとは、このような姿勢を指すのだと思う》(81‐82頁)。

 伊藤氏が記すように、寄り添うとは、放射線被ばくに対する不安を無暗に取り除こうとすることではなく、不安や痛みに満ちたそれら小さき声に互いに耳を傾け合うことなのだと思います。

 

※本書では、放射能災害において重要な鍵を握っている物質として、炎症反応や免疫応答を媒介するたんぱく質である「サイトカイン」が挙げられています。がん、心臓血管疾患、うつ病、PTSDなどの疾患においてもこのサイトカインの過剰放出による慢性的な炎症反応が確認されているとのことですが、きわめて微量の被ばくでも、サイトカインの血中濃度が上昇したり免疫力が低下することが報告されているそうです。放射線は遺伝子を傷つけるだけではないのですね。伊藤氏は放射線の「物理的影響」と「社会的影響」が相互作用して私たちのサイトカインの血中濃度を上昇させ、心身に影響を与える可能性を指摘しています。本書にご興味がある方は、サイトカインについて記されている105~112頁もぜひお読みいただければと思います。

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映画『母 小林多喜二の母の物語』上映会

2017年08月21日 | 日記

朝晩とずいぶんすずしくなってまいりましたがいかがお過ごしでしょうか。

映画の上映会のお知らせです。


今週の826日、花巻市の東和町で三浦綾子さん原作の映画『母 小林多喜二の母の物語』(監督:山田火砂子)が上映されます。特高警察の拷問によって虐殺された小説家・小林多喜二の母の物語です。全国各地で自主上映されていますが、花巻市東和町でもこの度上映されることになりました。

私も賛同人として参加しています。お近くの方はぜひおいで下さい。

 

826日(土)

第一回目上映 1400~/第二回目上映 1830

会場:東和総合福祉センター大ホール

主催:映画「母」東和上映実行委員会

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「なかったかのようにする力」に抗うこと

2017年07月19日 | 日記

 暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

 全国的に、8月を先取りしたような真夏日が続いています。九州北部豪雨によって被害に遭われた方々の命と安全が守られるよう、祈りを合わせてゆきたいと思います。また、私たち自身の防災の意識も高めねばならないと改めて思わされています。


 少し前のことになりますが、加計学園の獣医学部新設を巡る内部文書について、前川喜平前文部科学事務次官が「あったものをなかったことにはできない」と発言しました(5月25日の記者会見にて)。皆さんもよくご記憶のことだと思います。この「あったものをなかったことにはできない」という前川氏の言葉は私がちょうど考えていたこと同じで、共感を覚えました。

 いまの私たちの社会は、「なかったかのようにする力」が猛威を振るっているように感じています。前川氏の言葉を踏まえるなら、「あるものをないことにする」という言動が横行しています。

 内部文書が「存在を確認できなかった」と言って闇に葬られようとしていた中、前川氏は「あったものをなかったことにはできない」と言って事実を公にしました。大変勇気のいる言動であったと思いますが、今の私たちの社会に対して重要なメッセージを伝えてくれたように思います。

「あるものをないことにはしない」――当たり前と言えば当たり前のことですが、この意志を私たちの社会に再び取り戻してゆくことが求められているように思います。

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追悼 三田照子さん

2017年06月01日 | 日記

 4月17日、私が牧師をしている花巻教会の会員である三田照子さんが召天されました。99歳でした。

 三田さんは旧満州※からの引き揚げを経験され、その体験を後世に残すための語り部の働きをしていらっしゃった方です

 三田さんへの追悼の意を込めて、花巻教会の会報に掲載した文章を、以下転載いたします。2017年4月30日に教会で語った説教の要約です。

※現在の「中国東北部」。1932年から1945年まで日本の軍事独裁体制のもとで建設されました。

……


 4月29日、花巻教会員の三田照子さんのご葬儀が執り行われました(4月17日召天。99歳)。ご遺族の皆様、照子さんにつながるお一人お一人の上に主よりの慰めがありますようお祈りいたします。

 照子さんは1941年、お連れ合いの善右ヱ門さんと結婚され、旧満州に渡られました。「日本と中国が心を合わせ、理想の国をつくろうという夢を抱いて満洲へ渡った」と照子さんは当時を振り返っておられます。照子さんと善右ヱ門さんは中国の青年のための無料夜学塾(聖焔塾)を開き、また中国においても真の友が与えられました。

  照子さんたちの満州での生活は、1945年8月9日のソ連の満州への侵攻を機に一転します。吉林市の満州の開拓団の人々はソ連軍に銃を向けられ、住まいを追い出されました。お連れ合いの善右ヱ門さんら吉林市協和会は、吉林市に流れ込んで来る日本人のために難民救済所をつくり、不眠不休で尽力されました。このとき、照子さんは妊娠7か月、お腹にご長男の望さんを宿しておられました。

 善右ヱ門さんは難民救済所にやってくる大勢の人々に水を配り、裸の人には自分の上着を着せ、忙しく走り廻っておられましたが、照子さんを見ると、こうおっしゃったそうです。

《ごくろうかけるね。小学校に逃げた話も聞いたよ。でも(大変な状況であるが自分たちは)今日は死なないだろう。この人達は僕が今手を放したら皆今夜死ぬ人達だよ。頼むから僕を思い切りこの人達の為働かせてくれ」》(照子さんの手記『生かされている命』より)

 一昨年、このときのことを改めて照子さんにお聞きする機会がありました。照子さんは善右ヱ門さんの言葉を聞いて、「そのとおりだ」と納得されたそうです。「一番弱い人を一番助けねばならない。死にかかっている人を一番に助けねばならない。中国人か日本人かということも彼には関係なかったと思う。どんな人の命もたった一つしかない。中国人であっても何人であっても助けよう、という思いでいた。それが人間として当たり前のことであると、自分たちは了解していました」。

 善右ヱ門さんはクリスチャンではいらっしゃいませんでしたが、信仰の有無を超えて、生き方そのものが、イエス・キリストの愛を体現していらっしゃると感じております。苦しんでいる人、困っている人を前にしたら、突き動かされざるを得ない。それは照子さんもまた、そうでいらっしゃいました。

  照子さんは、ご自分と善右ヱ門さんが大切にしていた共通のことは、「人間を愛すること」であったと述懐されています(『光陰赤土に流れて 終戦直下・満州の記録』、新版の『あとがき』より)。ここでの「人間」とは、自分と関係のある身近な人々だけを指しているのではないでしょう。国を超え、あらゆる垣根を超え、「同じ人間として」目の前にいる一人ひとりを愛するという意味だと受け止めております。

三田照子さんの著書。左から、善右衛門さんとの共著『光陰赤土に流れて』『再見』(1972年)、エッセイ集『ぐるぐる回し ―私の戦後史』(2012年)、歌集『小さき花のテレジア』(2013年)


 本日の聖書箇所の詩編8編は、私たち人間が神さまの目から見て貴い存在であることを伝えています。私たちの目から見ると、自分たちの存在がどれほど小さく、愚かに見えようとも。《神に僅かに劣るものとして人を造り/なお、栄光と威光を冠としていただかせ…》(6節)

 現在、排他的なナショナリズムが世界的に台頭しています。この流れに対峙するためには、「天から見て、一人ひとりの人間が尊厳ある存在である」というこの視点を、いま一度私たちの内に力強く取り戻すことが重要であると思います。《しかし、わたしたちの本国(国籍)は天にあります》(フィリピの信徒への手紙3章20節)私たちは皆、「神の国」の市民であるのです。

 最後に、昨年、99歳の白寿に寄せて照子さんに教会報に寄稿いただいた文章を引用したいと思います。《平和な世界を作る為に我らは神に遣わされ、愛されて生きている。神は試練ばかりではなく更に良き道を備えてくれる。夫が逝って50年、99歳の誕生日を迎え、生きることの尊さを深く感じる日々である。 /私共は、何があっても戦争だけはしてはならない。戦争程、全ての人を不幸にし、悲しませるものはない》。


追記

現在、朝日新聞の地方版に三田照子さんが満州での経験を語ったインタビュー記事が連載中です。(『満州 月と星 風化に抗う戦後71年 三田照子さんに聞く』)


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