北緯43度

村上きわみの短歌置き場です

「未来」3月号(2017)

2017-04-16 | 未来

冬は息、ふゆは銀鼠 今生の枝をたたんで火中にくべる

朝に会うひとみな清く雪道に薄花色の影を落として

洞ふかき樹木のようにねむりつぎ犬がわらっている夢のふち

きざすまで待てば深まる雪空をことほぐように啼く鳥がいて

須臾の間をさむく小さく欠けながらどのひとひらも地に触れたがる

  


「未来」1月号(2017)

2017-02-06 | 未来

ギュスターヴ、ギモーヴ、ギルド 濁音をとなえてあるく秋のきわみを

鯛焼きの美しき鱗を見ておりぬ父と呼びうるひとを失い

呼び捨てる声のわずかなこわばりを生のまま呷る酒がほどいて

馬を売る話のなかで寒がりのアオはたちまち死んでしまいぬ

彼我として寒くさびしく保たれたからだであれば冬へと運ぶ

 


「未来」10月号(2016)

2016-11-06 | 未来

わずらいの底方に小さき咎あるを知りそむる日の粥の白さは

長兄の指に拭われまなぶたは淡く少しく死ににじりよる

かあさん、と呼ばう声音のくぐもりを部屋に残して帰りきたりぬ

間際まで水に親しむやさしさよ木綿の夜着にからだを包む

滾滾と湧き出ずるがに身を絞りひとりの夜を閉じてしまえり


「未来」9月号(2016)

2016-10-10 | 未来

体からうすくこぼれて草笛は終の一音までみどりいろ

家族だから くるしい声を出さないで馬鈴薯を鍋ごとゆさぶって

古賀さんがくれた木耳ぎゅるきゅると泣いてばかりだな、ろくがつは

離りながら親しみながら雨の日は雨にかなっている柳の木

羅紗紙にとどめをさして折りたたむ 大丈夫、鶴にはしないから


「未来」8月号(2016)

2016-10-10 | 未来

よく怒るひとの体はあたたかい五月の匙をきれいに磨く

おさまりの悪いこころを割くように白木蓮は白を乱して

おまえたち、の「たち」に加わる花の下 この世の膝をそろえて座る

酢の中でかわいいものになっている野菜のことを思う一日は

息をもっと吸いな 小さく呪われて蟻が運んでいる花の種


「未来」7月号(2016)

2016-08-03 | 未来

春先のひかりの狂れによろこんで草木のように薄目をあける

残雪の下にわきたつ濡れ土をなだめて歩く年老いた犬

火散布、姉別、厚床たどりたどり根室の海へ きみを訪う

白レバー食みつつなにか言いさして、少し笑って、それきりだった

今はどのあたりを漕いでいるだろうInstagramに海をひろげて

 

 


「未来」6月号(2016)

2016-07-11 | 未来

もの病みのつづまりにいて天井の白きゆがみにはつか親しむ

すみずみを緩めてねむる三月の屋根はまだらに雪を残して

おちこちの軒のしたたり聞きながら頷きながら蕎麦湯をすする

はげしさに触れてのみこむ 濁りたいだけ濁らせて終える一日を

つま先に残んの冬をのせたまま川の余白を読みにいこうか

  


「未来」5月号(2016)

2016-06-04 | 未来

稜線に火をたくわえて立っているつよくて脆い山だあなたは

海鳥があんなに遠い 触れられぬものを数えて逃す二月の

重心を右にうつして書き直すあかるい虚偽をふたつ加えて     

断ち落とすために塗り足す墨ベタの三粍ほどのわかりやすさは

塩壺の底に渇いているような声でゆっくり母になるひと

 

 

※三首目、誌面では「虚偽」が「虚像」になっていますが誤植です。
※4月号は欠詠


「未来」3月号(2016)

2016-04-10 | 未来

かぎ裂きのほつれをひろう針先を見ている 母がまたあらたまる

すみませんね、とだけ言って味噌を溶く小さなひとになってしまった

屋根を圧す雪の重みに家ぬちの声はくぐもりながら底方へ

来し方を語る男が残忍な逸話をふたつみつこぼしゆく

とうとさに喉を焼かれた鳥たちをかくまうように生をつないで

深夜から深夜へ渡すテキストの澱をあつめて真冬を燃やす

そのようにひとりひとりが離りながら爆ぜながらゆく舟となるまで

 

 

 

※2月号は欠詠


「未来」1月号(2016)

2016-04-10 | 未来

安物の箸でくずせば卵黄のあまい嘆きは粘りをおびて 

朝な朝な綻びながら綴じながらただ負けたくてここにいること

分かつまでどれほどの雨 街路樹の枝の傷みにふれることなく

搗色に深まりながら手荷物のツバメノートをひらく男よ

裂け目から鮮やかな香がたつことの、木のかなしみを言わせたいのか

眉尻をあげて遮る一瞬を驟雨のように性はよぎって

白湯で溶く蜜のぬめりのどんなにかくるしいだろう ふゆがはじまる