函館港イルミナシオン映画祭 会期中広報「イルプレ」

函館港イルミナシオン映画祭開催期間中情報をリアルにお届けする「イルプレ」です。

「津軽百年食堂」 3日(土) 金森ホール

2011年12月03日 | 2011
映画祭2日目の最終上映は、「津軽百年食堂」でした。

津軽にある蕎麦の店「大森食堂」を舞台に
後継ぎ息子の葛藤を描いた作品です。

上映後、大森一樹監督がゲストとして登場しました。

大森監督のお話によると、
劇中の東京のシーンも弘前で撮影をしたそうです。
その際、東京らしさを出すために現地で集めたエキストラさん達に対して
そのシーンでの津軽弁を禁止したとのことでした。

弘前出身の方にとっては、桜祭りをはじめとした、
懐かしい風景も楽しむことができると思います。
青森に愛着のある方はもちろん、青森を訪れたことのない方でも、
心がほっとするような暖かい作品ですので、
ぜひご覧になっていただきたいです。

また、この作品が初めて上映されたのは震災後で、
初公開から半年以上経った今でも全国各地で公開されています。
大森監督は「この映画が東北地方に住む方々の何らかの力になっていれば」と
仰っていました。

「マイ・バック・ページ」 3日(土) 金森ホール

2011年12月03日 | 2011
川本三郎さんが自身の体験を記した著書を、
山下敦弘監督が映像化。

1969年、新聞社で週刊編集記者として働く沢田は、
激動する“今”と葛藤しながら日々活動家たちを追いかけていました。
そして1971年、先輩記者とともに活動家・梅山と接触します。
沢田は梅山に疑念も抱きつつも、不思議な親近感を覚え、
次第に彼の行動を追うようになります。
そんな中、「駐屯地で自衛官殺害」というニュースが
沢田の耳に飛び込んでくるのでした。

上映後、原作者の川本さん、本作に出演しているあがた森魚さん、
そして元キネマ旬報編集長の植草さんの対談がありました。

川本さんは、
「過激派と呼ばれる存在が出てきたことによって、
ジャーナリズムが難しくなってきた時代だった。
つまり、彼らが本当に思想を持った人間たちなのか、
それともただの殺人犯なのか、その線引きが難しくなって
きていたんです。
ジャーナリストはその線引きを求められますが、
それは正解のない世界なんです。しかし、正解のない問題に
直面するというのはその当時のことだけでなく、ジャーナリストにとっては
いつの時代もありえることなんです。」
とお話してくれました。

また、当時の音楽も話題にあがりました。
その当時はボブ・ディランの歌が若者たちの
原動力となっていました。
とにかく音楽が大きな力を持っていて、
川本さんのお話によると、
劇中で沢田が梅山に興味を持ったのも、梅山が
沢田の好きだったCCRというバンドの曲を
ギターで演奏したからなのだそうです。

マイ・バック・ページの時代背景は暗く殺伐としたものではありますが、
その時代にも楽しいことはあったのだとお話ししてくれました。

そのような雰囲気も感じ取れる作品となっていました。

「天皇ごっこ」 3日(土) 金森ホール

2011年12月03日 | 2011
本作は激動の時代を駆け抜け、自死を選んだ作家・見沢知廉の
実像に迫るドキュメンタリー映画です。

新左翼から新右翼へと身を転じ、
スパイ粛清事件で服役中に書いた小説「天皇ごっこ」が
新日本文学賞を受賞して、一躍時代の寵児となった見沢知廉。
その見沢にゆかりのある方へのインタビュー映像や、
実際の闘争の映像が流れる衝撃的な作品でした。

上映後、大浦信行監督と小林三四郎さんの
トークショーが行われました。


大浦監督は本作を作った動機として

「僕の中にある時代に適応できないという焦燥感が
見沢さんと共通していると思う。
そのため、見沢さんに自分と近いものを感じる。
彼をたどっていくことで自分自身の中におりていくことができ、
自己確認にも繋がると思った。
また、現実に伝わっている見沢知廉像とは
違ったものを映画の中で描ければと思った」

とおっしゃっていました。

「ドーバーばばぁ 織姫たちの挑戦」

2011年12月03日 | 2011
3日目、金森ホールでの一本目を飾ったのは『どーばーばばぁ 織姫たちの挑戦』でした!

この映画は下は54歳から上は67歳の6人の女性が、世界一難しいといわれている
ドーバー海峡横断リレーをチャレンジするというドキュメンタリーです。

一人一時間の遠泳を繰り返し、水温14℃前後の中
イギリスのドーバーからフランスの岬まで泳ぎきることの全体の成功率は6割にしか満たないといわれおり、
ましてや5、60歳の女性にとっては非常に困難なことです。
しかし、そんな挑戦に成功したのは「ドーバー海峡横断」という目標に向かって
やり遂げようとする気持ちが一人一人のメンバーにあったからだと思います!

日本での練習は、暖かい海で1時間の水泳や
本番に近くなるとドーバーの水温に適した川で練習していました。
練習中に冷たい水温に体力を取られ、筋肉が硬直してしまったり、
足がつってしまうことがしばしばありました。

そんな時もメンバーと支えあい、一人ひとりの粘り強さが見られました。

ドーバー海峡を泳ぐためには、水温や波が適した水準にならなければ泳ぐことができません。
そのため、イギリス滞在期間2週間と限られた中、イギリスに着いてもなかなか泳ぐことができませんでした。

ドーバー海峡横断当日、AM6:45 リーダーの大河内さんからの出発でした。
時には波が激しくなったり、行く方向が違っていたりしていましたが、
PM9:04に無事到着しました。
14時間のリレーの中、メンバーやコーチが泳いでいるメンバーに対して
ずっと声をかけていました。
最後の最後まで、諦めることはしませんでした。

無事着いたときにメンバーが肩を寄せ合い、
お互いを讃えあっていたシーンがとても印象に残りました。

当日は中島久枝監督と6人の女性の2人、
リーダーの大河内さんと最年長の原田さんが来場されました。

中島監督はこの映画を撮る際に客観的に撮ろうと意識していたことや
2年半織姫たちを撮り続けたこの作品に対する気持ちの強さを伝えて下さいました。

大河内さんはリーダーとしてメンバーを支えてきたことや、
ドーバー海峡横断中右肩の腱を切っていたことなど
ドーバーにかける気持ちが伝わるようなお話をして下さいました。

原田さんは怪我を乗り越え、一度はドーバーを諦めることも考えましたが、
最年長としてドーバーに挑戦した意気込みなどを話して下さいました。

また来年に対馬海峡横断を企画されているそうです。
これからの織姫たちの挑戦が楽しみですね!

人は挑戦することを忘れてはいけないということを伝えてくれた映画。

天の川 夢という彦星にかけるおばちゃんパワー

そんな勇気を与えてくれる映画を皆さんも観てみませんか?

「赤い夕陽の爺yulie(ジュリー)」 3日(土) クレモナホール

2011年12月03日 | 2011
シリーズ作品1作目「田んぼdeミュージカル」から10年、
本作品は4作目になります。
出演者の平均年齢は78歳。
中には80代の女性がホステスを演じているシーンもあります。

この10年の間に亡くなってしまった仲間たちに捧ぐ、
渾身の1作になっています。

上映後、斉藤征義プロデューサー、
本作で悪役のボス・デイモンを演じた宮田さんをはじめ、
田んぼdeミュージカルのスタッフの方々がお話をしてくれました。

斉藤プロデューサーは、
「出演者のお年寄りたちは映画を撮っている間すごく元気になる。
彼らは映画にでることが楽しみで仕方がないんだ。
中には、撃たれて倒れる役をやりたがる人もいるくらいだから。」
と、お話していました。
宮田さんは、
「この映画の中では、70代なんてまだまだニューフェイス。
私ぐらいの歳ならアイドルだよ。」
と言って、会場を沸かせていました。

北の大地のお年寄りたちから元気をもらえる、そんな作品です。


十字街ショートフィルムラリー 3日(土) 十字街シアター

2011年12月03日 | 2011

映画祭2日目まちづくりセンター内、
十字街シアターにてショートフィルムラリーが開催されました。
ここでは北海道教育大学函館校映画制作サークルから3作品、
遊楽-yuuraku-から1作品が上映されました。


米谷監督『ベレッタ』は本格的なサスペンスストーリーです。
ベレッタで始まるこの作品はベレッタで結末を迎えます!!
サークルのOBである監督が札幌、函館間を2ヶ月ほど行き来し、完成されました。

前盛監督『ネクストプラン』はサスペンス+コメディと面白い作品です。
上映後の監督からのお話にもありましたが斬新な方法で"死体"をストーリーに組み込む
オリジナルティ溢れる作品になっています。

近藤監督『unfogetton-忘却-』は純愛のラブロマンスです。
水難事故で彼女を亡くした主人公と周りの友人。
彼女の成仏は想いでの湖で…

遊楽第4作品目はすべてロケ地が函館の自然です。
上映後監督からは、ロケの苦労話や迫力満点の映像の秘密をお話しいただきました。