吉幾三コレクションミュージアムスタッフブログ

青森県 五所川原市の吉幾三コレクションミュージアムのスタッフブログです。

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津軽の桜は今・・・

2017年04月12日 | 地元紹介

こんにちは!スタッフ其田です。  

今日の津軽は朝は雨と風、午後は風が吹き荒れてさんび~~~(寒い)・・・。

春は何処へ行ったのでしょう。

 

日本各地で桜が満開などというニュースを羨ましく思ってみていますが

皆さんの方はおいかがでしょうか?

 

昨日桜のつぼみの具合を観察?に、吉さんもお花見によく来ていたコチラへ行ってきました。

以前のブログ(3月2日)では桜満開の写真を載せましたね!!

http://blog.goo.ne.jp/ikuzo-cm/e/6bc2b6db2c818b0d815619ef0ab4efbc

今日は今の「芦野公園」の様子です。

アーチのある入口は公園の北側にあります。車の場合、つり橋などへ行くときはこちらが便利です。

今はお花見の準備のために冬に雪の重さでおちた枝を集めたりしていました。

 この地図だと下の真ん中のPを入った辺りです。

 

歩く道はコンクリートなのですが、気持ちがいいので松林の中を歩いてみました。

フカフカします。そして時々グニュ!!

それはマツカシラ(まつぽっくり) あれ?どっちが津軽弁?が、た~~~くさん落ちていました。

何せこの公園はソメイヨシノが1200本松が1800本あると言われています。

 このマツカシラ、欲しい人に「こ~~~んなにあるよ」と教えてあげたいです。

 

そして綺麗な並木道は・・・

まだですね~。でも心なしかちょっとピンクがかっていますね。

 

 

ホラ!!

つぼみは大きくなっています。

もう少しの辛抱です。 

4月29日から桜祭り始まりま~~す。

 

そして太宰治の文学碑と

 太宰さんの銅像も・・・桜咲く・・・を待っています。

 

へばなぁ~~~(さようなら)

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吉幾三さんが歌がうまいルーツここにありっ!!

2017年04月05日 | ミュージアム日記

こんにちは!スタッフ其田です。  

今日の津軽はまんずいい天気です。

駐車場のすみっこに山盛りにした雪が日ごと融けて小さくなっていきます。

 

そんな穏やかに日に

吉さんが歌がうまいルーツっていうタイトルにしてみましたが・・・

早く聞きたいですよね。(*^。^*)

でもこれはご本人がそうだと言って言るのではなく、あくまでも私の思いです。(^_^;)

 

先日「かなぎ元気倶楽部」の方が当館にいらしていい情報をくださいました。

「金木(かなぎ)」というのは地名です。五所川原市に合併される前は金木町で

吉さんは金木町嘉瀬(かなぎまちかせ)というところが生まれ故郷です。

その「嘉瀬」のことを今年特集しているというではありませんか?

それじゃ~観に行かなくては・・・と昨日「津軽三味線会館」行ってきました 。

 

 

五所川原から津軽鉄道に乗ると・・・5番目の駅です。

「嘉瀬駅」

吉さんが子供のころからあった駅です。

今は無人駅ですが、2004年までは、駅員がいて、今のように宅配便などなかった時は

りんごや米を送る荷物などもここから送ったという話を聞いたことがあります。

 

 

嘉瀬駅をでると田園風景が広がり 津軽半島の真ん中を通る中山山脈が見えます。

この山を越えるとむつ湾です。 

 そして次の「金木駅」が太宰治の生まれた家「斜陽館」がある場所です。

観光客が一番降りる駅でもあります。(窓越しに撮ったのでぼやけました)

「木」が「金」になったということでこの地名、駅名になったと聞いたことがあります。

昔は青森ヒバが沢山とれたところで、林業がさかんでした。

 ちょっと話がそれました。

 

そうそう

津軽三味線会館はココです。金木駅から歩いて7,8分です。金木は津軽三味線発祥の地でも

ありますので、金木に来たらここは外せません。

 この入口に入るとど~~んと

 こんな看板がありました。

吉さんのお父さんの鎌田稲一さんは左の下の方です。鉢巻している方です。

なんと嘉瀬を代表する4名の唄人のことが今年度の特別展示になっていました。(*^。^*)

 

そしてコチラは↓

 真ん中にお父さんがいました。

中の文章も読むと、お父さんは民謡歌手としていかにすごかったかが分かるのです。

民謡の激戦区にある、青森県での優勝を3年連続でとっているのです。これもまた今までにただ一人だけだったそうです。

またこれで優勝した人はほとんどが東京へ出て民謡歌手として華々しく活躍していく道があったのだそうです。

しかしお父さんは嘉瀬にいて家族と離れるようなことをしなかった人であるとも、ありました。

 

そういう「お父さんの膝に抱かれながら髙橋竹山の三味線を聞いていた」という話を吉さんがコンサートで話していました。

今日の答えはここにありました

青森県一(ということはおそらく日本一)の歌声と超一流の三味線が子守歌だったわけです。

それが毎日の暮らしにあったということですから 何よりの情操教育だったんですね。

天性と思われる「作詞、作曲」もこなしてしまう才能も子供のころに培われたものだと思いました。

それを頭において、今日は館内の吉さんの曲を聴いていました。

するといちいち(言葉ばわるいですが)感動するのです。

 
お花見や夏の立佞武多祭りに来られましたら、当館もそうですが吉さんのルーツの

お父様のことなど知る為にも金木にも足を運んでくださいね。

金木観光のパンフレットなど揃えてあります。

 

本日、当館のギャラリーの会員の一人がいらしたのですが、お話をするとなんと吉さん家族と交流があったすぐ近所の方でした。

そこで中学生のころの吉さんの話しを少しききました。それほど目立つことはしないタイプだったこと、

でも歌だけはとんでもないくらいうまかったと聞きました。今日のブログにぴったりすぎてビックリでした。

これでご納得頂けたでしょうか???

「ガッテン・ガッテン」あれ?ちょっと違う・・・・ってことは勘弁してください。

 

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