【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【羽蟻の佃煮と毒茸】

2008年05月02日 | アジア回帰
 昨日に続いて、カレン族の食事に関する話題である。

 夕方、豚の世話を終えてハンモックで休んでいると、道の方からラーの大声が聞こえる。

「クンター、ちょっと来てほしいの!あなたに、ぜひ見せたいものがあるんだ!」

「なんだ?」

「とにかく、早く、早く!」

 サンダルをつっかけて出て行くと、「友だちの旦那さんが珍しい茸を山からとってきたの。それをあなたのために料理してくれるというから、一緒に食べに行こう!」

 ・・・なんだ、茸か。

 茸は蛙のように逃げ出したりしないから、そんなに慌てることもなかろうに・・・。

 だが、ジャイローン・マーク・マーク(とってもせっかち)な嫁は、珍しいものを見せたい一心でぐいぐいと私の手を引っ張っていく。

        *

 徒歩1分の友人の家は立派な高床式住宅で、道に面して広い板の間をとっているから、見晴らしがよくてとても気分がいい。

「クンター、見て、見て!」

 奥の台所(燃料は薪である)から、ラーが鍋を抱えて飛び出してきて私の前につき出す。

 それは、おそらく木耳(きくらげ)の一種だろうと思うのであるが、薄茶色をした半透明のプルプルした茸が鍋の底を埋め尽くしている。

 中華風の炒め物にすれば、さぞ、うまいことだろう。

 人のいい顔をした旦那が、それを生のままかじって「うまい!」という風に右手の親指を突き出してみせる。

 私もかじってみたいところであるが、なにしろ、胃腸が万全ではない。

 ぐっとこらえて、彼同様に親指を突き出すにとどめた。

          *

 ラーと友人と旦那の3人が、茸を適当な大きさに切り、そのあとで筍を薄く刻んでいく。

 カレン語の発音は唾を飛ばすほど力強く巻き舌を使うことが多いから、おしゃべりは時に喧嘩しているのではないかと思えるほどにとても賑やかである。

「この茸はね、山の奥に入らないとなかなか手に入らないの。最近は雨がよく降っているから、山にも川にも自然の恵みがいっぱい。村人たちは、茸とりや蛙捕りや沢蟹とりに夢中なの。だから、1年分の米さえ作っておけば、お金がなくてもなんとか食べていけるんだ」

 その話の途中で、旦那が小さなバケツを持ち出してきた。

 見ると、バケツの底で体の幅が4~5センチはあろうかと思える黒い巨大な沢蟹がうごめいている。

 茸よりも、こちらの方に食指が動いたが、貴重な蛋白源であるからぜいたくは言えない。

          *

 下ごしらえが終わって、友人とラーが台所に移動すると、旦那が皿に入ったつまみを出してくれた。

 見たところ、ひじきの佃煮のようで、ところどころに黄色いものがみえる。

 つまんでみると、まさしく佃煮の味が口いっぱいに広がり、そのあとで唐辛子の辛みがぴりっときた。

 「ニーアライナ(これは何)?」と聞くと、旦那は天井の蛍光灯を指差し、両手を広げて羽のような格好をしてみせる。

 「ん?」

 改めてその「佃煮」を手に取って眺めてみると、それは雨のあとにわが家の蛍光灯にも大量に押し寄せてくる体調2~3センチの巨大な羽蟻なのであった。

 ひじきのような黒いひも状のものが煮詰まった羽で、黄色いものはその胴体だったのである。

 しかし、すでにピリ辛佃煮のうまさにほれ込んでしまった私は、その正体を知って驚くどころかなんとなくうれしくなり、旦那と共に再び親指を突き出し合った。

        *

 そこへラーが戻ってきて、目を丸くする。

「クンター、何を食べているの?」

「ああ、羽蟻らしいけど、うまいぞ、これ」

「駄目だよ、クンター。あなたの胃袋はカレン族とは違うんだから、またおなかをこわしたらどうするの?」

「分かった、分かった。食べたのはほんの少しだから、心配ないよ。それより、お前さんも食ってみろ」

「うん。昔は好物だったけど、最近はまったく食べたことがないから懐かしいなあ」

 そう言いながら、ラーは黒く煮詰まった羽をちぎって、黄色い胴体だけを食べる。

 通りかかった甥っ子も、同じように羽は食べないで残す。

 少し、不安になってきた。

「ラー、この羽は喰っちゃいけないのか?俺は喰っちまったぞ」

「食べてもいいけど、私は食べない。すべては、あなた次第」

 そう言われると、ますます不安になるが、喰ってしまったものは仕様がない。

 まあ、以前は大蟻幼虫のレモン酢あえも生で喰ったことだし、同じようなものだろう・・・と居直ることにした。

         *
 
 薪で炒めた茸料理は、私が期待したとおりの中華風で、私の分だけは香辛料も控えてくれたのですこぶる口に合う。

 「アロイディー(とてもうまい)!」と言いつつぱくついていると、ラーがまたまた警告を発する。

「クンター、食べ過ぎちゃ駄目だよ。あなたの胃袋は・・・」

「分かった、分かった。カレン族とは違う、だろう?」

 そこで箸(正確にはレンゲ)をとめると、友人と旦那が「もっと食べろ、どんどん食べろ」と身振りですすめてくれる。

 私としてはもっと食べたいところではあるが、これ以上嫁に心配はかけられない。

 そこで、片言のカレン語とタイ語をごちゃまぜにして、ていねいに断りを入れる。

 「ドンニー、ロカポッ。ギンカーオ、ニットノイ。アロイ、マークマーク。ポム、イムレーオ。ダブル、ダブル(いまは腹具合が悪くて、少ししか食べられません。でも、とてもおいしくて、おなかいっぱいになりました。本当に、ありがとう)」

 それをラーが正しいカレン語に直して、友人夫妻に伝えると、ふたりは満足そうに微笑んでくれた。

           *

 食事を終えて、隣家のプーノイ宅でテレビを見ながら駄弁っていると、全身がかゆくなってきた。

 腹部や足の数箇所が、小さくぷっくりと腫れている。

 どうやら、隣家の三男が横になるようすすめてくれたふとんに南京虫のたぐいが棲み着いていたらしい。

 家に戻って私の背中を確認したラーが、なぜか大騒ぎを始めた。

「クンター、大変だよ。背中全体が赤く腫れているよ。だから、言ったでしょう。慣れないものを食べ過ぎちゃ駄目だって!」

 どうやら、ジンマシンのような症状が現れてきたらしい。

 だが、腹部や足にはその症状はないから、たぶん以前のジンマシン発症(これは重症だった)を思い出したラーの過剰反応だろう。

 けれど、こうなると彼女のジャイロンぶりにはブレーキが利かない。

 彼女は、さっそく大声で隣家のプーノイに助けを求めた。

 あくびをしつつおっとり刀でやってきたプーノイは、グラスに少量の米を入れ、水で満たした。

 そのグラスの縁に口を近づけ、何やら呪文のようなものを唱え始める。

 そして、その水を口に含み、私の背後に回って頭のてっぺんから背中にかけて数度にわたって水を吹きかけた。

 さらに、そのグラスを私に手渡し、水で顔を3度湿したのちに残った水を飲み干すよう命じた。

 彼は、ずぶ濡れになってうなだれた私を眺めて満足そうに微笑み、「それでは、お休みなさい」とワイ(合掌礼)をしつつ去っていく。

 やれやれ。

 タオルで頭や顔を拭おうとすると、ラーは「そのままにして寝なきゃ効果がない」という。

 いやはや。

 まったく。

 言葉を失った状態で眠りにつくと、あーら不思議、痒みは数分でぴたりと治まりましたとさ。

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