【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【麺屋ふたたび】

2009年09月17日 | オムコイ便り
 「やっぱりグッティオ(麺)の店をやることにするよ!」

 朝食用の豚肉を買いに出たラーが、戻って来るなりそう叫びながら家に飛び込んできた。

 正確な発音は“クゥイッティアオ”とでも表記すべきなのだろうが、タイに来て以来私の耳にはグッティオとしか聞こえないし、会話のときもそう発音したほうが確実に通じる。

 ギンカオ(ご飯を食べる=正しくはキンカオ)しかり、バイ(行く=パイ)しかりである。

 さて、ラーが朝っぱらから興奮しているのは、かねてから話のあった貸店舗が形になってきたからである。

 この2月に、ラーがわが家の庭先にグッティオの店を開き、私の“家出”であえなく閉店となったことはすでに書いた。(2月21日付け【麺屋のおやじ】および3月21日付け【おとなの家出】ご参照)。

 もっとも、村のどんづまりという不利な立地条件では、この家出事件がなくとも、いずれ移転を考えねばならなかったのである。

 オムコイの町と山奥の村々とを結ぶ幹線道路の中間地点、しかもわが村への入り口、さらにふたつの教会の真ん中(週末の礼拝日には人であふれる)という恵まれた場所に店を構える雑貨屋夫婦が、彼らの店の斜め前での貸店舗建設計画を打ち明けたのは、もうずいぶんと前のことである。

 すぐそばには古くからのグッティオの店があるとはいえ、その味をはるかにしのぐ“ラーの特製グッティオ+α”を商うには、もってこいの場所といえた。

 だが、月々の家賃は1,500バーツ。

 利の薄い麺屋では、かなり厳しいように思えた。

 なにしろ、わが村では一杯20バーツでも「高い」と文句を言われるほどなのである。

 それに、家主が考えているのは「貸し家としても使えるようなもの」ということで、いったいどんな造作になるのかちっとも見当がつかない。

 そこで、富裕層も多いオムコイの町で「洋服屋はどうか?」
「若い女性に特化した下着屋はどうか?」とあれこれ頭をひねって店舗も物色していたのであるけれども、ラー本人としては、やはり長年の夢であったグッティオの店が一番性に合っているらしい。

 新商売の計画話に疲れると、最後には「やっぱり、グッティオかな」というところに落ち着いてしまうのである。

 そして今朝、くだんの貸し店舗が完成に近づいている様子を見て、「自分の村でもう一度勝負をしてみたい」という思いが湧き上がってきたのだという。

      *

 まあ、何事をやるにしても、“好き”という動機が一番である。

 それに、「もう一度グッティオで勝負してみたい」という女の心意気を、無碍にはできない。

 私としても、山や川や家畜に囲まれた村の暮らしにすっかり馴染んでおり、町の人々の抜け目のなさには正直嫌気がさしている。

 村でそこそこの商売ができるのなら、その方がずっといい。

 そこで、キノコのスープの朝食を終えると、さっそく貸店舗の様子を見に行くことにした。

       *

 場所は、わが家からバイクで1分。

 のんびり歩いても、10分足らずである。

 私は、日本でもうんざりするほど見かける灰色のコンクリートブロックが嫌いで、躯体をブロックで積み上げているこの現場を、いつも素通りしていた。

 ところが、今日はすでに壁塗りの段階に入っており、その表面にカラーペンキを吹きつけると聞けば、まあ、店舗としては問題もないのだろう。

 屋内はいたって狭く、奥の左手に水浴び場、その手前に3メートル四方ほどの小部屋がある。

 右手は土間風でしきりはなく、さらに手前の店舗部分とつながっている。



 いわゆる玄関はなく、店舗部分の前面に2枚のシャッターを取り付けるのだという。

 つまり、壁は三方にしかないわけだ。

 さらに、シャッターの前には道路に面した前庭があり、調理スペースやテーブル置き場としても使えそうである。

 うーむ。

 これは、予想外の完全な貸店舗の造りではないか。

 さらにさらに、最初の話と違って家賃は1,000バーツに値下げしてくれるという。

 もちろん、保証金など不要である。

 ラーが、興奮するのも無理はない。

 逆に、これを住宅として使えと言われても、ちと困ってしまうが・・・。

      *

 「どう、クンター?なかなか素敵でしょう?電気もあるし、水もある。調理は、この前庭でやったほうが気持ちよさそうだよね。グッティオだけじゃなく、いろんな料理も作ろうかな。ビールや焼酎も売れるし、中のスペースには肩掛バッグなんかも陳列できるよ。そうだ!山奥に住む人たちが欲しくても手に入らないようなものをチェンマイで探してくれば、みんな大喜びだよ」

「おいおい、あんまり欲張るとろくなことがないぞ。まずは、グッティオで勝負して、それからみんなにどんなものが必要かを聞いていけばいいさ」

 「そうだね。ゆっくり、ゆっくりだよね。あのね、家主の雑貨屋夫婦、あたしが子供のころにこの村にやってきたんだけど、初めは小さな小さな店から始めたんだよ。それから、今の場所に移って店を大きくして、だんだんお金を貯めてオムコイに貸家を建てて、今では大金持ち!」

 私と同年配の白髪頭のハンサム旦那は、そんな話をニコニコ聞きながら、店先で魚の天ぷらを揚げている。

 「そうだよ、クンター。初めは小さく、少しお金ができたら少しだけ大きくして、またお金をためて。商売は、その繰り返しなんだから・・・」

 旦那とはまったく釣り合わない器量ながら、気のいい太っちょの女房が、昔を振り返るように遠い目をしながら、私に笑いかけた。

 俺はもう、あんまりのんびりもしていられないんだけどな・・・。

 そう言いたいところだが、まあ焦っても仕方がない。

 16歳年下のラーがまず、女手ひとつでも生きていけるような道を見つけてくれれば、私も安心して空に昇っていけるというものだ。

「ねえねえ、クンター。来年4月に家を建替えるとしたら、ここに仮住まいもできるんだよ。あたし、ちゃんと先のことも考えているんだから」

「・・・」

 もとい。

 そう易々とは、空に昇れそうもないのであった。

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