チェンマイの学校が学期休みに入ったらしく、村に戻ってきた姪っ子のひとりが朝の挨拶にやってきた。
昨夜の冷え込みで、いきなり風邪をひいた様子だ。
「クンター、サワッディチャオ(おはようございます)。サバイディーマイ(お元気ですか?)」
うら若き乙女のワイ(合掌礼)は、朝の空気同様に甘くすがすがしい。
戻ってくるたびに急に大人びて見える姿は、まぶしいくらいだ。
*
それに較べると、昨夜はとんでもなく不快な夜だった。
深夜一時過ぎに、2匹の飼い犬が猛然と吠え出したのである。
外に飛び出してみると、庭の暗がりに人影が立っている。
ライトを当てると、若い男のようだ。
警戒しながら近づくと焼酎の匂いがぷんぷんし、足元がふらついている。
「何の用だ?」
「クスリありますか?」
「そんなものあるか。ここを誰の家だと思ってるんだ!」
腕をつかんで外に連れ出そうとすると、いきなり地面に土下座して深々とワイをしながら「ごめんなさい」と繰り返す。
「ラー、こいつ誰だ?」
「知らない。あんた、どこから来たの?」
「バンコク」
「それで、何の用?」
「クスリを買いに。金なら、あります」
「・・・」
*
そういえば、前日の夜も次姉の家と友人のウーポーの家のまわりを酔っぱらったような男がウロウロしていたという。
暗がりで顔は見えなかったというが、たぶん、こいつだろう。
とにかく外に連れ出そうとするが、なかなか動こうとせず、何やらぶつぶつ言っている。
その中には、英語も交じっているようだ。
しかし、会話にはならない。
そこへ、甥っ子や従兄、向かいのプーチョイなどが駆けつけてきた。
こんなとき、村の衆はいきなり声を荒げたり、つかみかったりしない。
お化けでも見るような顔で遠巻きにしながら様子を見、それから距離を少しだけつめてにらみつける。
やはり、こいつのことは誰も知らないという。
男はのろのろ立ち上がり、威嚇のつもりかジャンパーの胸をはだけて見せたが、「そんなことすると袋叩きにあうぞ」と声をかけると、「じゃあ、帰ります」と言いつつふらふらと庭から出て行った。
「誰だろう?」
「頭がおかしいみたいだな」
「いや、焼酎とクスリを一緒にやってバカになってるんだよ」
「一応、警察に連絡した方がいいかもしれないな」
「とにかく、困ったもんだ」
そんな評定をしていると、集会所の方から車のエンジンをかける音が聞こえてきた。
あの状態で運転してきたのだろうか。
*
夜が明けると、話を聞きつけた元村長がやってきてこいつの素性を明かした。
男はある村人(カレン族ではなくタイ人)の親族で、ずっとバンコクで働いていたらしい。
ところがドラッグをやり過ぎて頭がおかしくなり、身内もないので、親族がやむなくこの村に引き取ったのだという。
眠れないので焼酎をがぶ飲みし、酔っぱらうとドラッグが欲しくなり、深夜になって村の中をふらふらとほっつき歩く。
まったく、とんでもない男がやってきたものだ。
すでに、村の顔役たちが警察も交えて対策を練っているらしいが、まだ結論は出ていないという。
土下座してワイをしたくらいだから、まだ完全には壊れていないのかもしれない。
なんとかうまく更正させられればとは思うが、この村では焼酎ともクスリとも縁は切りにくい。
ともかく、早く手を打ってくれないと、夜もおちおち眠れやしないぞお。
ナッケー!
*昨日の夕焼けは、息を呑むほどに壮麗だったのだが。
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翌日、村長が町の親族の家を尋ねたところ、本人はすっかり恐縮の呈で「袋だたきにあっても仕方がなかったのに、日本人に助けてもらった。みんなに迷惑をかけてしまった」と反省しきりだったそうです。すでにクスリはやめて、カレン族の女性との結婚話や仕事に就く話も進んでいる最中だったとか。「あとは焼酎と手を切れば、なんとかなるかもしれない」というのが村長の希望的観測なのですが・・・。