翌朝は、薄雲の隙間に青空が覗いた。
今夜の満月、期待できるかも知れない。
だが、すぐさま西の山際から黒雲が流れて青空を覆った。
ナッケー!(カレン語で困ったもんだ)
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朝食は、わが宿開闢(?)以来初の実験的ウエスタン・スタイルである。
岩塩と胡椒をまぶしたゆで卵を挟んだサンドイッチに網焼きトースト。
トーストには、村で採れた天然蜂蜜を塗って。
山奥のムスゥ族が水曜市に出荷する無農薬トマトは、丸かじりで。
昨夜のナムピックプラーで食欲を取り戻した加奈子さん、今朝も好調である。
10時前、教会の日曜礼拝に案内した。
カレン服で盛装した村の衆や山奥の衆が、続々と集まってくる。
教会バンドがリードする聖歌に聴き入っている加奈子さん、カレン服の女衆に囲まれて、日本人とは見分けがつかないくらいにまわりに溶け込んでいる。
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昼前、ネットチェックのついでに町に同行すると、無料Wifiには見向きもせず、ぶらぶら町を歩いて念願のソムタム(パパイヤサラダ)を食べてみたいという。
そういえば、タイは初めてなのだったなあ。
用を済ませて合流すると、ちょっと赤い顔で「マイペッ(辛さ控えめ)って言うのを忘れてました。すごく辛かったけど、おいしかったあ」
午後は自由時間となったのだけれど、あとで訊いてみると、またもや約2キロ離れた町までひとりで歩いて探検してきたのだそうな。
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晩飯のおかずは、豚骨ベースの冬瓜スープ。
4時頃に火を熾して、豚骨の煮込みを開始した。
加奈子さん、火のそばで料理の手順を眺めたり、音楽に合わせて踊ったり目を閉じたりするひよこ軍団を眺めたり。
今日も元気だ、焼酎がうまい!
今夜も、そんな文句を思わせるような飲みっぷり、食べっぷりだ。
ふと空が明るいのに気づいて、みんなで外に飛び出した。
「わあ、見える、見える、満月がみえる~!」
加奈子さん、万歳をしているのか、それとも踊っているのか。
確かに、雲が晴れてくっきりとした満月だ(おんぼろデジカメじゃあ無理だよなあ)。
ああ、良かった、よかった。
このために、はるばるとオムコイに来てくれたんだもんなあ。
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そこへ、隣家のモーピー(霊医・霊占師)プーノイがタイミング良くやってきた。
今夜は加奈子さんの希望で、お祓いをしてもらうことになっていたのだ。
なんでも、前述の食欲不振を初めとして、ふとんに入るとまわりの空気が重く圧迫されるような感じを受けてよく眠れないなど、日本ではどうも良くないことが続いているのだという。
これまでも、ほろ酔いになったプーノイが歓迎や旅の安全を祈願してゲストに簡単な糸巻きをしてくれたことはあったのだが、今回は本格的な祈祷依頼である。
時間をかけて聖糸(単なる白い木綿糸だが)の準備を行う、ラーに供物の支度を命じる、パーリ語教典を写しとった祈祷専用ノートを持参するなど、気合い充分だ。
読経や祈祷文の読み上げも、これまでに聞いたこともないような大仰な抑揚をつけるので、私やラーがついつい吹き出す、それを見た加奈子さんも吹き出す。
だが、プーノイは委細構わず一心不乱にお祈りをし、糸巻きに取りかかった。
満月の夜に、70歳に近い彼の血も騒いだのだろうか。
長い長い儀式が終わると、「ああ、なんだか胸がすっきりしましたあ」
そう言いつつ、加奈子さん、妙にハイテンションだ。
掌に残った米粒(糸巻きのときに供物の米を握り込む)をプーノイの息子に食べさせようとする、何度も満月を仰ぎに出ては歓声をあげる、飼い犬の元気と雄太に何やら喋りかける。
儀式の合間にもやりとりする焼酎がすっかり回ったのか、それとも胸の中の靄が一気に晴れたのか。
ともあれ、今夜はすべての願いが叶った「満願尽くし」の満月の夜と相成ったようだ。
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翌朝顔を合わせると、色白の頬に濃い紅をはいたような血色の良さだ。
夜明けの鶏鳴もものかはぐっすり眠れたそうで、昨夜の祈祷は吉と出たようである。
豚肉とインゲン長豆のバジル炒めの朝食も、しっかりと平らげて。
カレン服の試着の際には、昨日掲載した写真のようにムエタイの構えがしっかり決まり、タイダンスの振りも飛び出した。
戻りは、午後2時のバス。
今日は、別の店でソムタムを食べてみたいというリクエストがあり、昼過ぎに町に出て、ラーの友人が営むちょっと町外れの、だが味はなかなかの店に案内した。
ソムタム家の店先でゲストと別れの挨拶をしたのは、初めてのことである。
向かい合ってお辞儀を繰り返す日本人ふたりの姿を眺め、「まるでテレビみたいだ」とソムタム屋の女将が笑った。
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