【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【いわく付きの土地】

2009年09月18日 | オムコイ便り
 
先立つものはさておいて、家の建替え話が出てきたとき、最初に思ったのは「書斎が欲しいなあ」ということだった。

 なにしろ、わが家はうるさい。

 まずは、嫁の大声だ。

 起き出すとすぐに、陽気な鼻歌。

 犬とたわむれるときの訳のわからん掛け声(自分の造語らしい)。

 さらに、わが村では簡単な用事やたわいもない冗談を家にいたままで交わす。

 パソコンに向かう私の後ろを通りながら、あるいは台所で食事の支度をしながらいきなり大声で怒鳴り出すので、ビクッとすることしばしばである。

 喧嘩でも始めたかと思えば、「ねえ、ニンニクある?」「昨夜旦那は元気だった?」などと聞いているだけだと分かり、呆れて言葉も出ない。

 「怒鳴るときは、とにかくベランダに出てからにしろ」と厳命しているのであるが、長年の習慣はなかなか変わらないものだ。

 次ぎに、親戚、友人、知人がしょっちゅう訪ねてくる。

 朝っぱらから焼酎を飲むのが当たり前なので、私が起き出す前に宴会が始まったりする。

 断りを入れてメールチェックをしていると、わざわざ焼酎をぐい呑みに満たして献杯にきてくれる(頼むから、キーボードだけにはこぼさないで欲しい)。

 これが礼儀なのだから、無碍に断るわけにもいかない。

 もちろん、ラーは客人たちに「クンターは仕事中だから静かに飲んでくれ」とひとこと言い添えるのであるが、話に夢中になると彼女の声が一番でかくなる。

 夕方になると、3男のポーが小学校から戻ってくる。

 学校での“事件報告”に、ひと騒ぎだ。

 夜になると、これにテレビの音が加わる。

 私が机に向かっていると、ポーは気を使ってボリュームを下げるが、嫁はそれほど繊細ではない。

 それに隣家では、ときおり耳をつんざくようなフルボリュームの音楽が鳴り響く。

 “いい音楽”を村中の人に聞かせたいという親切心であるから、これにも目をつぶるしかない。

       *

 最初は、大変だった。

 何もかもがうるさくて、私も負けじと大音量のベートーヴェンを流したこともある。

 このときは、さすがに村人たちも絶句したようである。

 だが、馴れとはおそろしいものだ。

 そのうちに、嫁の大声もテレビの音もさほど気にならなくなり、ひっきりなしの騒音の中でこうしてブログを書いたり、本を読んだりすることができるようになった。

 だが、やはりそこは日本人である。

 たまには、静謐な時間がほしい。

      *

 では、その静謐をどうやって確保するか。

 家を建替えて、たとえ書斎をもったとしても、大声の嫁がいる限り、そして同じ場所に住む限り、この騒音とは縁が切れない。

 そこで思いついたのが、裏の空き地である。

       *

 この土地はもともと、ラーの亡父が子供たちに遺したものだった。

 ところが、若い頃アヘンに溺れていた長兄(故人)がアヘン欲しさのためにわずか2,000バーツで手放してしまったのだ。

 そのときラーはまだ幼くて、その事実さえ知らなかったという。

 私と結婚した直後、ラーは泣きながらこの話をした。

「亡くなった父と兄の無念を晴らすためにも、なんとかこの土地を取り戻したい」

 そこで、さっそく土地の所有者に話を持っていった。

 ところが、売り値は18,000バーツ。

 昔はともかく、現在の地価としては妥当な線らしいが、これにはラーが納得しない。

「学校に行けなかった無知な兄を騙すようにしてタダ同然で買い取ったくせに、そんな値段をつけるのは卑怯だ。値段の問題じゃなく、これは心の問題だよ」

 ラーは静かに怒りながら、この話を打ち切った。

 そして、わが家の敷地に金網を張り巡らせて、裏の土地を完全な“袋地”にしてしまったのである。

 それから、2年。

 持ち主は、やむなく数本のバナナを植えたが、今では手入れもされず草ぼうぼうである。

      *

「ラー、裏の土地なあ、買っちまおうか?」

「え、どうして?」

「うん、俺の仕事場を作りたいんだ」

「ああ、それはいい考えだね。木や竹を切ってしまえば、山や川が見えてとても気持ちがいいよ。それに端っこのほうなら、ここよりずっと静かだし」

「お前さんは、構わないのか?」

「・・・いろいろ考えるけど、クンターが買い戻してくれるならこんなにハッピーなことはないよ。川に下る傾斜地の方には、将来コテージ風のゲストハウスを作ってもいいし・・・」

「ふーん、そんなことを考えていたのか」

 そんな話をしているところへ、折よくアル中のミスターオッケーがやってきた。

 朝の8時だというのに、すでに足元がふらふらだ。

 彼は、土地所有者の義理の兄にあたり、ラーがさっそく話をもちかける。

「そんな事情があったのなら、16,000バーツでいいって」

「だって、彼の土地じゃないだろう」

「でも、自分が義理の弟を説得するから問題ないって」

「よし、とにかくもう一回土地の全体を見てみよう」

       *

 長靴をはいて歩き回った結果、住宅地として使えそうな平坦地は、歩測で270㎡(90坪弱)くらいだろうか。

 残念ながら川へと至る傾斜地は急すぎて、案内に立ったミスターオッケーが何度も転げ落ちそうになるほどだ。

 私も立っているのがやっとで、面積は計測不可能である。

 まあゲストハウスは無理だろうが、村の衆は不可能を可能にする人々だから、早計は禁物である。

 16,000バーツは、買い得かもしれない。

 「15,000バーツでどうだ?」

 試しに、べろべろに酔っ払っているミスターオッケーにカマをかけてみたら、私が教えた英語で即座に「ノー!」と答えやがった。

       *

 ギリギリ端っこに書斎を建てるとしても、今の家からは20メートルほど離れる程度だから“完全な静謐”は望めそうもない。

 だが、俗世間に背を向ける形で山と川を眺めながら読書や書きものに専念できるのはありがたい。

 ラーはさっそく近所を歩き回って、この買い物の良否に関する情報を集め始めた。

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2 コメント

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いやあ いいですね (旅人)
2009-09-18 19:58:52
離れに自分の城を、書斎を作るのは爽快ですね。

こんな良い話は充分味わってゆっくりと実行してください。人生至福の時来たるかな。

経過報告もお願いしますね。
返信する
すべては、明日。 (クンター)
2009-09-20 14:13:38
旅人さん

 土地売買の話は、なんとかなりそうです。村では、月曜日が吉日とされているので、明日話をまとめる予定です。
返信する

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