先祖供養をした夜は、家で眠らねばならないという。
店の小部屋で眠ることにすっかり慣れた私は、あまり気が進まない。
カレン族様式の割竹壁の隙間からは常に砂埃が吹き込んでザラザラしているし、あらゆる虫が出入り自由である。
それに、雨季に入ったらしいこの頃は、乾期には見かけなかったさまざまな虫や昆虫類が姿を見せて、気づかないうちに咬まれてしまうことが多い。
私が「家出」をしている間、ラーはずっと家で寝ていたとはいえ、オムコイに戻ってからはまた店中心の生活が続いている。
あんまり手入れが行き届いていないベッドマットに潜り込んだ途端、ワッと襲いかかられるような気がして、あれこれ口実を言い募っていたのであるが、やはり“父親の命日”という理由には逆らえなかった。
「あたしが先に帰って、もう一度マットやふとんをきれいにしておくから、絶対に来てね」
「うん」
とは言ったものの、なかなか重い腰があがらない。
店で本を読んで、10時前にやっと家に戻った。
*
「じゃあ、これからお祈りをするからね」
ベッドマットの上で、ラーが奇妙な節回しのカレン語を唱え始めた。
今朝もプーノイの先導で長い長いお祈りをしたと言うのに、今夜のお祈りはさらに長い。
合間に、「クンター」とか「キアンナンスー(本を書く)」といったタイ語も混じるので、私に関する事柄も入っているようである。
例によって、私のお祈りは「どうぞ、よろしく」程度なので、そのあとはじっと待つしかない。
「親父さんのためのお祈りかと思ってたのに、やけに長かったなあ」
「先祖のこと、父のこと、母のこと、クンターのこと、クンターとあたしのこと、そして家族のこと、親戚のこと、商売のこと。あたしたちに関わるすべてのことについてお祈りしたんだよ。これで、すべてが良くなっていく。あー、よかった、よかった。さあ、今夜は先祖と一緒に眠りましょう」
なんとなく背後や天井のあたりを見回してから、横になった。
*
途端に、腕や首筋が痒くなった。
「ラー、やっぱり虫がいるぞ」
「お祈りを済ませたから、ここには虫はいない。それは、店で咬まれたんだよ」
「・・・」
タイガーバームを塗り付けて、しばらく様子を見るつもりが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
床の下で、鶏たちが激しく羽ばたく音で目が覚めた。
時計を見ると、4時である。
「おいおい、勘弁してくれよ」
少しうとうとしたかと思うと、今度は雄鶏が鳴き出した。
5時である。
またふとんをかぶると、今度は子供たちを起こすラーの大声。
6時である。
やむなく顔を洗ってベランダに出ると、山から涼しい風が吹き降りてくる。
1キロも離れていないのに、やはり店で感じる風とは全然違う。
「やっぱり、家の方が気持ちがいいでしょう?」
「ああ」
両腕にできた赤い咬みあとをかきながら、あいまいに頷いた。
*
10数羽の黒羽鶏に餌をやり、歩いて店に向かう。
山の端には黒い雨雲がかかっているが、天空には抜けるような青空が広がり、堂々たる積乱雲がさまざまなパフォーマンスを見せている。
昨日は珍しくスコールがなく、昼間はやたら暑かった。
こうなると勝手なもので、ひと雨欲しくなる。
田植えの準備が始まって、このところ客足は落ちているが、今日も元気にやるとするか。
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