爽やかな朝になるはずだった。
久々に2頭の赤ちゃん牛と対面し、彼らのために雨よけの屋根を葺く。
作業を終えて、さあ、朝飯を喰いに帰ろうかという時になって、とんでもない事件が起きてしまったのである。
*
私が甥っ子のジョーと屋根葺きをしている間、嫁のラーは牛のために土地を提供してくれている一族の長老(ラーの叔父にあたる)と彼の仮小屋でなにやら話し込んでいた。
ところが、その仮小屋から突然ドタン、バタンという激しい音がするではないか。
その直前に長老の家族が山仕事に合流していたから、また家族の揉め事でも始まったのかと思って仮小屋に向かっていくと、いきなり長老の孫(ラーにとっては甥)が小屋から飛び出してきた。
それを追うように、「クンター、彼に殴られた!」というラーの叫び声が聞こえる。
なに?
甥っ子に殴られた?
事情が呑み込めないまま、小屋口に座り込んだラーの方を見ると、顔面蒼白だ。
「お前、本当に殴ったのか?」と身振りで甥っ子に詰め寄っていると、突然彼がすごい勢いで小屋の裏に逃げ込み、鍬を構えて戻ってきた。
彼の動きを左手で制しながら振り返ると、ラーの姿が小屋口から消え、小屋の中でまた何かドタンバタンと音がして、小屋の外にナイフが飛んできた。
それを私が拾うと、甥っ子は囲いの外に逃げ出した。
どうやら、頭に血がのぼったラーがナイフを手にしようとしたので、それを長老が奪い取って小屋の外に放りなげたらしい。
事態がひと段落したのでラーを座らせ顔を確かめると、確かに左頬に傷ができ赤く腫れ上がっている。
「いったい、何が起こったんだ?」
「阿片取り締まりの軍隊が村を離れたあと、あいつがまた阿片を売りだしたの。しかも、それをウチの息子のヌンに売りつけようとしていることが分かったので、あいつを叱っていると、突然殴りかかってきたんだ」
それにしても、叔母のラーを殴るとは尋常ではない。
おそらく、ヤバー(馬鹿薬・覚醒剤の類い)でも呑んでいたのだろう。
ヤバーは、とても危険な薬だといわれている。
「とにかく、怪我を病院で診てもらうのが先決だ。家に戻ろう」
「問題ないよ。わたし、あいつを刑務所にたたき込んでやる」
ラーの興奮は、まだ醒めやらない。
すごい勢いで、山道を駆けおり始めた。
こうなると手がつけられないから、しばらく時間をおくしかない。
私も、彼女のあとを追って山道を下った。(つづく)
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