暦の上でソンクラーン(タイ正月)はとっくに終わったのだが、わが村では昨日まで伝統行事が続いた。
村の古老たちが集会所に一同に会して、村の衆の表敬水掛けを受けるのである。
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観光客の多くは、テレビなどで見る水掛祭り、というよりも無茶苦茶な「水ぶっかけ合戦」をソンクラーンと思い込んでいるようだ。
しかし、元々は仏教に根ざした仏像洗いに起源を発しており、それが正月の挨拶行事として人々の間にも定着したのだという。
わが家では、まず家族で「髪洗い」の儀式を行う。
使うのは、沸騰させたお湯にウコンと木の実を入れた「聖水」だ(寺の仏像を洗った水を回収して使うこともある)。
過去1年間の苦難、不幸、争いごとなどをすべて洗い流し、心身を浄めて新たな年を迎えるのである。
次に、竹籠に贈り物を入れて、母親や叔父、叔母、近隣の古老などを訪問する。
聖水で彼らの髪や手を洗い、そのあとで糸巻きの儀式を行ってもらうのだ。
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今回は、ちょうどブログ読者のJさん&ぷよよさんご夫妻がバンブーハウスに宿泊されていたので、一族の長老を表敬訪問する際に、お二人にもこの「髪洗い」と「糸巻き」を体験してもらった。
彼らは、すでに何度もチェンマイを訪れているのだが、こうした伝統に根ざしたソンクラーン行事を体験するのは初めてのことだという。
しかし、わが村の行事には焼酎がつきものだ。
儀式用の焼酎は、その場で飲み干してしまわねばならないというしきたりがあり、献杯の嵐が押し寄せる。
昼過ぎに、ご夫妻が山芋まで持参して作ってくださった「本格とろろそば」をいただいたあとは、急速に酔いが回って、そのままふとんに倒れ込んだ。
献杯に律儀に付き合ったお二人も、午後は昼寝の時間になったようだ。
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さて、冒頭に書いた今年最後の行事は、この古老表敬儀式を村全体で行うものである。
テント張りの下の椅子にずらりと並んだ古老たちに、聖水を手にした村人たちが右回りで順繰りに挨拶を行ってゆく。
「水掛け」は、手の平だけである。
これが終わると、村の衆が手に手に白い木綿糸を持ち、目当ての古老に糸巻きをしてもらう。
私も「古老」の部類に入ってもおかしくないのだが、誰も椅子に座れと言わないので、若い衆に混じって水掛けを行い、少しばかり年上の元村長と統括村長に糸巻きをしてもらった。
あとは、村人同士での水掛けになるのだが、これも事前に「新年おめでとう」と声をかけ、肩口に少しだけ水を垂らすという上品なものである。
決して、ぶっかけ合いなどしない。
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昼飯どきになると、ビールや焼酎がふるまわれる(料理は村の衆の手作りだ)。
少し酔いが回ると、若い男衆が太鼓や銅鑼や鉦を鳴らし始めた。
すると、そのリズムに乗って古老たちが伝統の踊りを舞い始める。
両手に竹の棒を持てば、それは剣の舞いだ。
80歳に近い古老たちの動きは、驚くほどに激しい。
角笛とみまがうほどに立派な竹笛の音が、ビョウビョウと響き渡る。
吹いているのも、70代の古老。
私も試してみたが、スースーという情けない音しか出ない。
踊りを真似ると、数秒で息があがった。
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終わってみれば、またまた飲み過ぎである。
だが、これがわが村における本来のソンクラーンの姿だと実感することのできる、とてもいい伝統行事だった。
こうして、姪っ子の結婚式に始まる長い長いお祭りが、ようやく幕を閉じたのだった。
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楽しいひとときをありがとうございました。
本当に良いところでした。
ソンクラーンの意味は知っていたのですが、体験出来たのは貴重です。
この歳になって、その気になれば何でもできると再認識できたのも良かったです。
この2年程、オムコイに行きたい!ラーに会いたい!と熱望してましたが、遂にお会いしましたからね。
お二人の人柄に直接触れ、生活の体験が出来てより有意義な旅の思い出ができました。
また、お会い出来る日を楽しみにしております。
こちらこそ、ありがとうございました。まだまだ、体験していただきたいことが一杯あったのですが。
「次回は、ぜひ長期滞在を!」とラーも申しております。