「クンター、サワッディクラップ!」
元気よくワイ(合掌礼)をしながら、3男のポーが小学校から戻ってきた。
“サワッディクラップ”はタイ語で「今日は」という挨拶語だが、「行ってきます」や「ただいま」の意味でも使う。
ちなみに、カレン語にはこうした挨拶語はない。
午後4時半。
育ち盛りの子供は、腹がぺこぺこだ。
おやつを探して冷蔵庫をごそごそやり出したので、庭に出て同じく腹ぺこの鶏に餌をやることにした。
暫くすると、なんだか小さな悲鳴のような声が聞こえた。
「ん?」
勝手口から家の中を覗き込むと、高校から戻ってきたらしい甥っ子のドー(ジョーの弟)がドタバタと台所に走り込んで蛮刀をつかみ、冷蔵庫に突進した。
「なんだ、なんだ、なんだ!?」
「クンター、こいつがポーの指を刺したんです!」
突き出した蛮刀の先を見ると、小さな薄茶色のカマキリのようなものがぶらさがっているので、さらに目を近づけた。
「あれ?これ、サソリじゃないか!?」
思わず日本語で叫ぶと、ドーが“口じゃなく、この細長い尾っぽの先っちょで刺す”という風な身振りをする。
間違いなく、体長3センチくらいのサソリである。
すぐにライターを探して、火あぶりの刑に処した。
「ポー、痛いか?」
「クラップ(はい)」
「えーと、とにかく毒を絞り出そう」
細い中指の小さな傷口に両の親指を押し当て、ぎゅっと絞る。
「痛いか?」
「マイジェップクラップ(痛くありません)!」
さすが、男の子である。
「よし、病院に行くか」
するとドーが、「クンター、マイペンライクラップ(大丈夫です)」と言いつつ、タイガーバームを擦り込もうとする。
「待て、待て。それよりも、こっちの方がいいだろう」
昨日、病院でもらったヨードチンキを数滴垂らす。
「いったい、どうしたんだ?ポー」
「冷蔵庫に入ってたロンコン(果物)を取ろうとしたら、チクッとしたんです」
「ロンコン?」
ロンコンは薄茶色の丸い果実で、葡萄のように房状になっている。
主な産地は南部だと聞いたことがあるが、おそらく収穫時に房の中に潜り込んでいたサソリがそのままオムコイまで運び込まれてきたのではあるまいか。
ラーはいま、裏庭の整備のために雇った若い衆を監督している。
すでに、作業は川のそばの急斜面にまで及んでいるから、声は届かない。
「ポー、ラーを呼んでくるからちょっと待ってろ」
びっこを引きつつ裏庭に入ると、ちょうどラーが斜面を登ってくるところだった。
「ラー、ポーが小さなサソリに刺された。応急処置はしたけど、病院に連れていくか?」
「え?それじゃあ、すぐにニンニクの汁を擦り込まなくちゃ」
「ニンニク?おいおい、相手はサソリだぞ」
「だから、小さなサソリでしょ?」
「・・・」
家に戻ると、すでにポーの姿はない。
ラーが大声で何度も呼ぶが、なしのつぶてだ。
ドーと一緒に、コオロギ捕りにでも行ったのだろう。
「大丈夫かなあ。もう、痛くはないって言ってたけど」
「まあ、あの子なら大丈夫でしょう。赤ん坊のときに、毒蛇除けの刺青を入れてあるから」
そういえば、ラーが生まれたときも祖父が毒蛇除けの刺青(針の先くらいの大きさで痕は残らない)を入れてくれたおかげで、いろんな虫や蛇に咬まれても平気だったと聞いたことがある。
長男が腹の中にいたときにも、草原での昼寝から覚めたらコブラが顔を覗き込むようにしていたのだけれど、刺青の場所を押さえてお祈りをしたら、静かに去っていったという。
確かに、コブラを制する刺青ならサソリ毒も制してくれるのだろうが・・・。
1時間ほどすると、案の定ペットボトルにコオロギを詰め込んだポーが、元気いっぱいに戻ってきた。
「痛くないか?」
「マイペンライクラップ!」
傷口を見ると、さほどの腫れもないし、変色もない。
「ね、あたしの言ったとおりでしょ?」
「・・・」
とにかく、今夜は注意深く見守るしかないようだ。
*
一夜明けて刺された指をチェックしようとすると、ポーが不思議そうな顔をする。
昨日のことは、もうすっかり忘れてしまったようだ。
何事もなかったかのように、いつもどおり元気に家を飛び出していった。
いやはや。
さて、サソリの写真を撮ろうと炉端に向かうと、死骸がなくなっている。
たぶん、鶏が喰ってしまったのだろう。
惜しいことをした。
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元気よくワイ(合掌礼)をしながら、3男のポーが小学校から戻ってきた。
“サワッディクラップ”はタイ語で「今日は」という挨拶語だが、「行ってきます」や「ただいま」の意味でも使う。
ちなみに、カレン語にはこうした挨拶語はない。
午後4時半。
育ち盛りの子供は、腹がぺこぺこだ。
おやつを探して冷蔵庫をごそごそやり出したので、庭に出て同じく腹ぺこの鶏に餌をやることにした。
暫くすると、なんだか小さな悲鳴のような声が聞こえた。
「ん?」
勝手口から家の中を覗き込むと、高校から戻ってきたらしい甥っ子のドー(ジョーの弟)がドタバタと台所に走り込んで蛮刀をつかみ、冷蔵庫に突進した。
「なんだ、なんだ、なんだ!?」
「クンター、こいつがポーの指を刺したんです!」
突き出した蛮刀の先を見ると、小さな薄茶色のカマキリのようなものがぶらさがっているので、さらに目を近づけた。
「あれ?これ、サソリじゃないか!?」
思わず日本語で叫ぶと、ドーが“口じゃなく、この細長い尾っぽの先っちょで刺す”という風な身振りをする。
間違いなく、体長3センチくらいのサソリである。
すぐにライターを探して、火あぶりの刑に処した。
「ポー、痛いか?」
「クラップ(はい)」
「えーと、とにかく毒を絞り出そう」
細い中指の小さな傷口に両の親指を押し当て、ぎゅっと絞る。
「痛いか?」
「マイジェップクラップ(痛くありません)!」
さすが、男の子である。
「よし、病院に行くか」
するとドーが、「クンター、マイペンライクラップ(大丈夫です)」と言いつつ、タイガーバームを擦り込もうとする。
「待て、待て。それよりも、こっちの方がいいだろう」
昨日、病院でもらったヨードチンキを数滴垂らす。
「いったい、どうしたんだ?ポー」
「冷蔵庫に入ってたロンコン(果物)を取ろうとしたら、チクッとしたんです」
「ロンコン?」
ロンコンは薄茶色の丸い果実で、葡萄のように房状になっている。
主な産地は南部だと聞いたことがあるが、おそらく収穫時に房の中に潜り込んでいたサソリがそのままオムコイまで運び込まれてきたのではあるまいか。
ラーはいま、裏庭の整備のために雇った若い衆を監督している。
すでに、作業は川のそばの急斜面にまで及んでいるから、声は届かない。
「ポー、ラーを呼んでくるからちょっと待ってろ」
びっこを引きつつ裏庭に入ると、ちょうどラーが斜面を登ってくるところだった。
「ラー、ポーが小さなサソリに刺された。応急処置はしたけど、病院に連れていくか?」
「え?それじゃあ、すぐにニンニクの汁を擦り込まなくちゃ」
「ニンニク?おいおい、相手はサソリだぞ」
「だから、小さなサソリでしょ?」
「・・・」
家に戻ると、すでにポーの姿はない。
ラーが大声で何度も呼ぶが、なしのつぶてだ。
ドーと一緒に、コオロギ捕りにでも行ったのだろう。
「大丈夫かなあ。もう、痛くはないって言ってたけど」
「まあ、あの子なら大丈夫でしょう。赤ん坊のときに、毒蛇除けの刺青を入れてあるから」
そういえば、ラーが生まれたときも祖父が毒蛇除けの刺青(針の先くらいの大きさで痕は残らない)を入れてくれたおかげで、いろんな虫や蛇に咬まれても平気だったと聞いたことがある。
長男が腹の中にいたときにも、草原での昼寝から覚めたらコブラが顔を覗き込むようにしていたのだけれど、刺青の場所を押さえてお祈りをしたら、静かに去っていったという。
確かに、コブラを制する刺青ならサソリ毒も制してくれるのだろうが・・・。
1時間ほどすると、案の定ペットボトルにコオロギを詰め込んだポーが、元気いっぱいに戻ってきた。
「痛くないか?」
「マイペンライクラップ!」
傷口を見ると、さほどの腫れもないし、変色もない。
「ね、あたしの言ったとおりでしょ?」
「・・・」
とにかく、今夜は注意深く見守るしかないようだ。
*
一夜明けて刺された指をチェックしようとすると、ポーが不思議そうな顔をする。
昨日のことは、もうすっかり忘れてしまったようだ。
何事もなかったかのように、いつもどおり元気に家を飛び出していった。
いやはや。
さて、サソリの写真を撮ろうと炉端に向かうと、死骸がなくなっている。
たぶん、鶏が喰ってしまったのだろう。
惜しいことをした。
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カレン語の挨拶で「タブルー」を便利に使っていたんですが、正しいのでしょうか?
村の衆は、目が合うとあごをしゃくるようにして挨拶をするか、「リーコロ(どこ行くの)?」と声をかけるのが一般的です。
なんか「こんにちは」にも「ありがとう」にも「さようなら」にも使ってしまっていました(^_^;)
あと「おはよう」はワラゲー、「こんばんは」はハラゲーと言ってたのですが、それでよいのでしょうか?
嫁に確かめたところ、「そんな言葉は知らない。ウチの村はスゴーカレンだけど、その村はポーカレンかもしれない」と言っております。同じカレン族でも、代表的なスゴーとポーでは言葉が違うそうで、他にも首長などいくつかの種族に分かれているようです。
もしかしたらキリスト教主義の寮での朝晩の礼拝時の挨拶なので、特別なのかな?
2008年5月に同じ教会系列の寮がオムコイにも出来ました。
耳で聞いた発音なので正しいか分かりませんが、周辺の「ヤンタイ」「メロキー」「メヘキー」「ホイコー」の村から寮生が来ています。