完璧な二日酔いである。
朝の7時だというのに、まだ酔っている状態で足元がふらふらする。
ぷちぷちと音を立てて、大量の脳細胞が死滅していく感じだ。
なにしろ、昨夜の宴会は柱用の丸太を山奥から運び出してくれた7人の労をねぎらうためのものだったので、彼らからの献杯を断るわけにはいかない。
ひとりひとりは「チョイ、チョイ(少しだけ)」と気を使ってくれるのだが、それが7人ともなると、やはり「チョイ」では済まなくなる。
おまけに、酔った勢いでラープ(血まぶし豚肉叩き)を生で食したためか腹具合も悪くなってきた。
ナッケー!
*
というわけで、昨日は午後4時に店を閉め、前回の梁材の運び出し現場と同じ崖崩れの手前にクルマを停めた。
狭い崖っぷちを怖々と渡り、15メートルほど進むと、右手の崖上から次々に丸太が滑り落ちてくる。
崖の上からは、「ウッ」といううめき声や「気をつけろ!」という叫び声が聞こえてくる。作業は、相当難渋しているようだ。
12本すべてが揃うと、崖上から男たちが猿のような身のこなしで姿を現した。
甥っ子3人、従兄2人、近所の若い衆2人。
いつもは陽気な笑顔を投げかける彼らが、今日は青ざめた顔をしかめつつ肩や腰に手を当て、
「ジェッ(痛え)!」
「ヌアイ・マークマーク(すげえ疲れたよお)」
口々に言いながら、道路にへたり込む。
それでも水、焼酎、ガオラオ(野菜スープ)、煙草などを供しているうちに、みるみる元気を取り戻して来た。
「伐採したのは、ここから5キロもある山の奥だって。この重い丸太を肩にかついで、そこを何度も往復したんだよ」
感激屋のラーは、すでにうっすらと涙を浮かべている。
ひと休みしたあとは、ここからさらに10メートルほど戻って、例の危険な崖っぷちを渡らなければならない。
鈍いうめき声をあげながら作業を再開した彼らの姿を見ているだけで、こちらまで息が詰まり、腰や肩がめりめりと音を立ててきしみそうだ。
幸いなことに、崖っぷちの山側に辛うじて用水路スペースが残っており、ここを通れば足を滑らせて崖下に転落という事態は避けられそうだ。
だが、それも崖崩れが再発しなければ、の話である。
彼らの奮闘する姿を見守りながら、「どうか事故が起こりませんように」と祈り続けた。
*
2時間ほどで無事に作業が終わり、12本の丸太がクルマのそばに並んだ。
全員、手足が傷だらけである。
焚火をおこし焼酎を供しているうちに、彼らの口から陽気な冗談が出始めてホッとする。
「クンター、日本の村でもこんな丸太は採れますか?サクレの木はテレビで見たことがあるけど」
「サクレ?ああ、それを言うなら桜だ」
「ああ、サクラか(笑)。確か、サユリも日本語でしたよね?」
「そうだよ。例の芸者の映画、観たの?」
「いや、チェンマイのサユリですよ。きれいな女性がいっぱいいて、楽しいですよ」
にやりと笑った。
よく聞くと、どうやら風俗店の名前らしい。
*
さて、そろそろ日が暮れる。
クルマを動かそうとすると、甥っ子のジョーがそれを強く制止した。
「この丸太は長過ぎるから、この間ひしゃげた荷台のドアがもっと壊れてしまいますよ。それに、このでこぼこ道じゃあタイヤも傷みます」
「それは構わないけど」
「駄目です。クンターのクルマは、大事にしなくちゃ。俺が、いいクルマを見つけてきますから、ちょっと待っててください。クルマ代は600バーツくらいです」
20分後。
悪路を猛スピードで突っ走ってきたのは、近所の修理屋が運転するガタボロのピックアップである。
フロントガラスもなく、ライトもつかず、エンジンキーの差し込み口は壊れ、窃盗犯が行うようにケーブルをスパークさせて始動させるのだという。
こんなんで大丈夫かと呆れていると、修理屋は「12本全部積んでも平気ですよ」と胸を張る。
さすがに8本目で溝のないタイヤが潰れそうになったので、私が先行して走り出す。
大きな穴ぼこの手前でスピードを落とすと、後ろから「ゴー、ゴー!」という修理屋の大声が聞こえる。
まったく、どんな神経してるんだ。
家の庭に丸太を降ろして、「もう一度先行するか?」と声をかけると、家から肩掛け式のバッテリーを持ち出し「これで照らすからマイペンラーイ(平気です)」ときた。
こうして、残りの4本も無事にわが家に運び込まれ、店先での大宴会に突入したという次第である。
彼らの作業を見ているだけですっかり疲れてしまったけれど、なんだか面白かったなあ。
こんな二日酔いも、たまにはいいもんだ。
ん?
※今日はなぜか写真がアップできないので、また改めて掲載します。
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朝の7時だというのに、まだ酔っている状態で足元がふらふらする。
ぷちぷちと音を立てて、大量の脳細胞が死滅していく感じだ。
なにしろ、昨夜の宴会は柱用の丸太を山奥から運び出してくれた7人の労をねぎらうためのものだったので、彼らからの献杯を断るわけにはいかない。
ひとりひとりは「チョイ、チョイ(少しだけ)」と気を使ってくれるのだが、それが7人ともなると、やはり「チョイ」では済まなくなる。
おまけに、酔った勢いでラープ(血まぶし豚肉叩き)を生で食したためか腹具合も悪くなってきた。
ナッケー!
*
というわけで、昨日は午後4時に店を閉め、前回の梁材の運び出し現場と同じ崖崩れの手前にクルマを停めた。
狭い崖っぷちを怖々と渡り、15メートルほど進むと、右手の崖上から次々に丸太が滑り落ちてくる。
崖の上からは、「ウッ」といううめき声や「気をつけろ!」という叫び声が聞こえてくる。作業は、相当難渋しているようだ。
12本すべてが揃うと、崖上から男たちが猿のような身のこなしで姿を現した。
甥っ子3人、従兄2人、近所の若い衆2人。
いつもは陽気な笑顔を投げかける彼らが、今日は青ざめた顔をしかめつつ肩や腰に手を当て、
「ジェッ(痛え)!」
「ヌアイ・マークマーク(すげえ疲れたよお)」
口々に言いながら、道路にへたり込む。
それでも水、焼酎、ガオラオ(野菜スープ)、煙草などを供しているうちに、みるみる元気を取り戻して来た。
「伐採したのは、ここから5キロもある山の奥だって。この重い丸太を肩にかついで、そこを何度も往復したんだよ」
感激屋のラーは、すでにうっすらと涙を浮かべている。
ひと休みしたあとは、ここからさらに10メートルほど戻って、例の危険な崖っぷちを渡らなければならない。
鈍いうめき声をあげながら作業を再開した彼らの姿を見ているだけで、こちらまで息が詰まり、腰や肩がめりめりと音を立ててきしみそうだ。
幸いなことに、崖っぷちの山側に辛うじて用水路スペースが残っており、ここを通れば足を滑らせて崖下に転落という事態は避けられそうだ。
だが、それも崖崩れが再発しなければ、の話である。
彼らの奮闘する姿を見守りながら、「どうか事故が起こりませんように」と祈り続けた。
*
2時間ほどで無事に作業が終わり、12本の丸太がクルマのそばに並んだ。
全員、手足が傷だらけである。
焚火をおこし焼酎を供しているうちに、彼らの口から陽気な冗談が出始めてホッとする。
「クンター、日本の村でもこんな丸太は採れますか?サクレの木はテレビで見たことがあるけど」
「サクレ?ああ、それを言うなら桜だ」
「ああ、サクラか(笑)。確か、サユリも日本語でしたよね?」
「そうだよ。例の芸者の映画、観たの?」
「いや、チェンマイのサユリですよ。きれいな女性がいっぱいいて、楽しいですよ」
にやりと笑った。
よく聞くと、どうやら風俗店の名前らしい。
*
さて、そろそろ日が暮れる。
クルマを動かそうとすると、甥っ子のジョーがそれを強く制止した。
「この丸太は長過ぎるから、この間ひしゃげた荷台のドアがもっと壊れてしまいますよ。それに、このでこぼこ道じゃあタイヤも傷みます」
「それは構わないけど」
「駄目です。クンターのクルマは、大事にしなくちゃ。俺が、いいクルマを見つけてきますから、ちょっと待っててください。クルマ代は600バーツくらいです」
20分後。
悪路を猛スピードで突っ走ってきたのは、近所の修理屋が運転するガタボロのピックアップである。
フロントガラスもなく、ライトもつかず、エンジンキーの差し込み口は壊れ、窃盗犯が行うようにケーブルをスパークさせて始動させるのだという。
こんなんで大丈夫かと呆れていると、修理屋は「12本全部積んでも平気ですよ」と胸を張る。
さすがに8本目で溝のないタイヤが潰れそうになったので、私が先行して走り出す。
大きな穴ぼこの手前でスピードを落とすと、後ろから「ゴー、ゴー!」という修理屋の大声が聞こえる。
まったく、どんな神経してるんだ。
家の庭に丸太を降ろして、「もう一度先行するか?」と声をかけると、家から肩掛け式のバッテリーを持ち出し「これで照らすからマイペンラーイ(平気です)」ときた。
こうして、残りの4本も無事にわが家に運び込まれ、店先での大宴会に突入したという次第である。
彼らの作業を見ているだけですっかり疲れてしまったけれど、なんだか面白かったなあ。
こんな二日酔いも、たまにはいいもんだ。
ん?
※今日はなぜか写真がアップできないので、また改めて掲載します。
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