【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【若者の自殺】

2008年05月30日 | アジア回帰
 
 なんだか暗い話題ばかりで恐縮だが、またまた悲しい事件が起きてしまった。

         *

 今朝、友人の家で「昨夜田んぼで捕ってきたばかり」という新鮮な蛙の料理(薬草とタマネギを加え中華味で炒めたもの)を食していると、隣家の3男が通りかかって何やら声をかけてきた。

「・・・クンター、誰かが銃で自殺したって」

「村人か?」

「うん。わたしの死んだ夫の親戚にあたる大工さんを覚えているでしょう?」

「ああ、あの酔っ払い大工ならよく覚えているよ」

「自殺したのは彼の家族のひとりで、わたしには遠い親戚にあたるらしいんだけど・・・。自殺っていうけど、もしかしたら阿片売買にまつわろトラブルかもしれない」

 なんでも阿片に結びつけてしまうのは、もはや彼女の習性になっている。

「まあ、とにかく現場に行ってみよう」

       *

 そそくさと食事を終えて家に戻ると、ラーは黒いブラウスに黒い巻きスカートを身に着けた。

 彼女は私にも黒か白を着るようにすすめたが、まだ葬式でもないし、これまでの経験から黒い喪服をまとっている村人の姿を見た事がないので、私はそのままの普段着で行くことにした。

 郷に入れば、郷に従えである。

「クンター、カメラを忘れないでね」

「どうして?」

「だって、このことも本(このブログのこと)に書くんでしょう?だったら、自殺現場の写真もちゃんと撮らなくちゃ」

 タイのゴシップ新聞の1面には、殺人にしろ自殺にしろ事故にしろ、死体の写真が堂々と掲載されている。

 彼女の頭の中では、どうやらブログも新聞もごっちゃになっているようなのである。

 つい先日も、「交通事故で誰かが死んだ!」というニュースが飛び込んできた途端、私にカメラを持たせて現場に突っ走った。

 そのくせ、道路一面に漂う血の匂いにむせかえって気分が悪くなりゲーゲーやっているのだから、世話はない。

         *

 現場は、村外れにある境界の裏手にある集落の中の1軒だった。

 すでに多くの村人たちが集まって、家の中をのぞきこむようにしている。

 前庭には、蓋の空いた白い棺桶がおかれている。

「クンター、家の中を見てみたい?」

 一瞬迷ったが、ここは後学のためだ。

 一歩踏み出すと、玄関口の床に横たわっている遺体が見えた。

 まだ、若い。

 ハンサムな男の子だ。

 眠っているようなきれいな顔をしている。

 白いゴム手袋をした女たちが、小さな入れ墨の入った痩せた青白い胸を水で洗うと、心臓のあたりに直径10センチほどの赤いあざのようなものが広がっているのが見えた。

 ふと横を見ると、村長が脇に立って同じように遺体をのぞきこんでいる。

「短銃を自分で胸に当てて撃ったの?」

 身振りで尋ねると、

「いいや。猟銃の銃口を胸に当てて、足の指で引き金を引いたんだ。散弾が3発貫通していた。警察が、すべてを押収していったけどね」

 それで、心臓のあたりにあざのような跡が広がっていたのか・・・。

「彼は精神状態がおかしくて、ずっと病院に通っていたんだ。薬を呑んで、朦朧としていたこともある」

「ヤーバー(馬鹿薬)の類い?」

「いいや。精神病院からもらった薬だよ」

「うーん。それにしても、若いね。彼はいくつ?」

「18歳か19歳。若すぎるよ・・・」

 庭で話しをしているうちに、遺体が納められた棺が前庭に運び出されてきた。

 手伝ってみると、悲しいくらいに軽い。

 ろくに食事も摂っていなかったのだろうか。

        *
 
 家の脇の原っぱで棺を安置するためのテント設営が始まったので、私も手伝いに走った。

 男衆が草を払い、ポール用の穴を掘る。

 蛍光灯を取り付け、技師らしい男が電線を配置した。

 数本の竹を伐りだし、ベッドのような安置台をつくる。

 すべてが、実に手際よく進んでいく。

 作業を進めながら、男衆は冗談を交わし、笑い声が絶えない。

 日本の「葬式」のような厳粛な空気はない。

 そういえば、家族たちも淡々としている。

 母にも、姉にも泣きはらした様子は見られない。

 かたわらでは、女たちが料理の下ごしらえを始めた。

 葬式の準備が着々と進むなか、安置台におかれた棺だけがぽつねんと寂しげだ。

         *

 作業が一段落したので、村長と昼食を食べに行った。

「彼の一家はクリスチャンで、どうやら『彼は3日以内に天国に召されるだろう』という神のお告げがあったらしい。彼は、そのお告げを実行したのかもしれないな・・・」

 村長がそう言うと、ラーは不謹慎にも思わず吹き出した。

「仏陀は決してそんなお告げはしないよ。だから、わたしはクリスチャンが嫌いなんだ。わたしの次姉もクリスチャンだけど、わたしが昔チェンマイで家政婦をして、必死に家族のためにお金を稼いで帰っても、彼女は『ありがとう、神様』と言うだけで、わたしには決してありがとうを言わないんだよ。家族を助けたのは私であって、神様じゃないのに・・・」

 笑い顔は次第に泣き顔に変わり、目尻から涙が流れ始めた。

 村長があわてて話題を変えるように、私に向かって「クンターはクリスチャン?」と聞いた。

「うーん、一応ブッディストだけど・・・」

 そう答えると、村長は「まずは良かった」と言いつつ笑いながら握手を求めてきた。

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