山道を駆け降りて集落に戻ると、ちょうど向かいの家で顔役たちが宴会を開いていた。
ラーが事の次第を報告すると、「まあまあ、少し落ち着いて飯でも食べなさい」と目の前にどんどん料理がおかれる。
水で咽喉をうるおすと急に腹が減ってきたので、とりあえず豚肉のおかゆともち米でついた餅(米の形が残っている)を頂くことにした。
腹ごしらえをしながら彼らの反応をうかがうと、ラーに同情して「すぐに警察に行きなさい」という意見と「親戚どうしで事を荒立てるのはまずい」という意見が相半ばしているようだ。
そこへ、宴会に呼ばれたらしいプーヤイバーン(村長)が顔を出した。
ラーの長年の友人でもある彼は話を聞くとすぐに、「カメラを持っているか?」と私に尋ねた。
ちょうど、仔牛の写真を撮るためにデジカメを持っていたので、彼の指示に従ってラーが負った顔と腕の傷の様子をカメラに収めた。
いわゆる“証拠写真”である。
そして、副村長である隣家の長男を呼んで、ラーを殴った甥っ子を山から連れおろして来るように命じた。
彼の意見は、もちろん「刑務所行き」である。
彼らを待つ間、私は氷でラーの頭と頬を冷やし続けた。
*
副村長がひとりで戻ってきて、「あいつは山の奥に逃げ込んでしまった」という。
やむなく、3人で町の警察署に行き、受け付けの警官に事件の概要を報告する。
被害者と加害者の住所・氏名をノートに書きつけた警官は、何やら書類を取り出して「まずは病院へ行って、診察してもらうように」という指示を出した。
そこで、すぐ隣りにある病院に行くと、これが待たされること、待たされること。
村長が「緊急性を要する」と何度訴えても埒があかない。
ラーはその間に、右すねと右脇腹下に負った傷の痛みにも気づき、それもカメラに収めた。
2時間半ほど待ってやっと順番が回ってきたが、若い研修医らしい医者は警察提出用の書類に描かれた人体図に赤鉛筆で傷の箇所を描くことに熱中して、頬の陥没骨折などの疑いについてはまったく頓着しない。
結局、傷の消毒もせず、頭痛薬とビタミン剤を処方しただけだった。
*
警察署にとって返すが、ここでも長い間待たされるばかりだ。
そのうちに昼どきになり、警官が「ご飯でも食べなさい」という。
村長の指示で、彼を残して私とラーが屋台の持ち帰り飯を買いにいくことになった。
しばらく屋台で調理を待っていると、村長がバイクに乗って現れ「今日は土曜日で警官の数が少ないから、午後6時にもう一度出直してくれって言われた」と肩をすくめてみせた。
わが村では絶大な村長の威光も、悪名高きタイ警察の前ではすっかりかすんでしまうらしい。
やむなく、村長の家に戻って屋台飯を喰うことにした。
*
「夕方5時半にクルマで迎えにくるから、家で待っているように」
村長の指示で家で待ち続けたが、6時になっても一向に姿を見せない。
しびれを切らして村長の家にいくと、別の問題が起こってガムナン(統括村長)の家に行っているという。
そこでガムナンの家に行くと、「バイクの盗難事件があって、その協議をしている。しばらく待ってほしい」とのこと。
結局、警察署に着いたのは午後7時過ぎで、もちろん警官の姿は見当たらない。
「友人の警官が宿舎に戻っているかもしれない」
ラーがそう言うので裏手の宿舎に向かうと、ふたりの警官が前庭でウイスキーを飲みながら食事をしていた。
さっそく、ウイスキーの献杯応酬が始まる。
「警察の仕事は6時で終わるから、今日はもう何もできない。明日、加害者を連れて出直してほしい」
・・・ということは、6時に間に合ったとしても結果は同じだったということだ。
なんだか体中の力が抜けて、ぐったりしてしまった。
*
話を聞いているうちに、ラーは彼の名前も電話番号も知らず「同じカレン族で、顔見知り程度」であることが分かった。
“顔見知り”という英語を知らないから、常々「わたしには警官の友だちがたくさんいる」という表現になっていたらしい。
しかし、彼の反応はとても好意的で、デジカメに収めたラーの傷と実際の傷をひとつひとつ頷きながら照合している。
話がひと段落すると、村長とラーが「カラオケにでも行きませんか?」と誘った。
警官と一緒にカラオケ?
なんだか、理解不能な交渉術だが、まあ今後のために顔をつないでおくのも悪くない。
最初は、「そんなことはできない」と言っていた彼らも、2度目の誘いにはあっさりOKを出し、われわれは大挙してカラオケレストランに繰り出すこととなったのである。(つづく)
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ラーが事の次第を報告すると、「まあまあ、少し落ち着いて飯でも食べなさい」と目の前にどんどん料理がおかれる。
水で咽喉をうるおすと急に腹が減ってきたので、とりあえず豚肉のおかゆともち米でついた餅(米の形が残っている)を頂くことにした。
腹ごしらえをしながら彼らの反応をうかがうと、ラーに同情して「すぐに警察に行きなさい」という意見と「親戚どうしで事を荒立てるのはまずい」という意見が相半ばしているようだ。
そこへ、宴会に呼ばれたらしいプーヤイバーン(村長)が顔を出した。
ラーの長年の友人でもある彼は話を聞くとすぐに、「カメラを持っているか?」と私に尋ねた。
ちょうど、仔牛の写真を撮るためにデジカメを持っていたので、彼の指示に従ってラーが負った顔と腕の傷の様子をカメラに収めた。
いわゆる“証拠写真”である。
そして、副村長である隣家の長男を呼んで、ラーを殴った甥っ子を山から連れおろして来るように命じた。
彼の意見は、もちろん「刑務所行き」である。
彼らを待つ間、私は氷でラーの頭と頬を冷やし続けた。
*
副村長がひとりで戻ってきて、「あいつは山の奥に逃げ込んでしまった」という。
やむなく、3人で町の警察署に行き、受け付けの警官に事件の概要を報告する。
被害者と加害者の住所・氏名をノートに書きつけた警官は、何やら書類を取り出して「まずは病院へ行って、診察してもらうように」という指示を出した。
そこで、すぐ隣りにある病院に行くと、これが待たされること、待たされること。
村長が「緊急性を要する」と何度訴えても埒があかない。
ラーはその間に、右すねと右脇腹下に負った傷の痛みにも気づき、それもカメラに収めた。
2時間半ほど待ってやっと順番が回ってきたが、若い研修医らしい医者は警察提出用の書類に描かれた人体図に赤鉛筆で傷の箇所を描くことに熱中して、頬の陥没骨折などの疑いについてはまったく頓着しない。
結局、傷の消毒もせず、頭痛薬とビタミン剤を処方しただけだった。
*
警察署にとって返すが、ここでも長い間待たされるばかりだ。
そのうちに昼どきになり、警官が「ご飯でも食べなさい」という。
村長の指示で、彼を残して私とラーが屋台の持ち帰り飯を買いにいくことになった。
しばらく屋台で調理を待っていると、村長がバイクに乗って現れ「今日は土曜日で警官の数が少ないから、午後6時にもう一度出直してくれって言われた」と肩をすくめてみせた。
わが村では絶大な村長の威光も、悪名高きタイ警察の前ではすっかりかすんでしまうらしい。
やむなく、村長の家に戻って屋台飯を喰うことにした。
*
「夕方5時半にクルマで迎えにくるから、家で待っているように」
村長の指示で家で待ち続けたが、6時になっても一向に姿を見せない。
しびれを切らして村長の家にいくと、別の問題が起こってガムナン(統括村長)の家に行っているという。
そこでガムナンの家に行くと、「バイクの盗難事件があって、その協議をしている。しばらく待ってほしい」とのこと。
結局、警察署に着いたのは午後7時過ぎで、もちろん警官の姿は見当たらない。
「友人の警官が宿舎に戻っているかもしれない」
ラーがそう言うので裏手の宿舎に向かうと、ふたりの警官が前庭でウイスキーを飲みながら食事をしていた。
さっそく、ウイスキーの献杯応酬が始まる。
「警察の仕事は6時で終わるから、今日はもう何もできない。明日、加害者を連れて出直してほしい」
・・・ということは、6時に間に合ったとしても結果は同じだったということだ。
なんだか体中の力が抜けて、ぐったりしてしまった。
*
話を聞いているうちに、ラーは彼の名前も電話番号も知らず「同じカレン族で、顔見知り程度」であることが分かった。
“顔見知り”という英語を知らないから、常々「わたしには警官の友だちがたくさんいる」という表現になっていたらしい。
しかし、彼の反応はとても好意的で、デジカメに収めたラーの傷と実際の傷をひとつひとつ頷きながら照合している。
話がひと段落すると、村長とラーが「カラオケにでも行きませんか?」と誘った。
警官と一緒にカラオケ?
なんだか、理解不能な交渉術だが、まあ今後のために顔をつないでおくのも悪くない。
最初は、「そんなことはできない」と言っていた彼らも、2度目の誘いにはあっさりOKを出し、われわれは大挙してカラオケレストランに繰り出すこととなったのである。(つづく)
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