【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【眠り病に落ちて】

2005年06月27日 | 紫陽花の季節に
 受話器の向こうで響いた“I love you too”が、心地よい子守唄のように寄せては返す。

 それをきっかけに、俺は眠り病に陥ってしまった。

 ニューヨークとの時差は、13時間。

 現在の日本時間月曜日午後11時43分は、ニューヨーク夏時間で月曜日午前10時43分。

 完全夜型のJudyは、いま、アトピー対策のニベアスキンクリームを右手に握りしめ眠っているに違いない。

 頬に塗ったクリームがベッドサイドの灯りを受けて、涙のように光る。

 目覚めるたびにハッとするが、Judyは決して涙を流さない。

 「大丈夫。私は泣いてなんかいないよ。それよりもKiyoshi、あなたこそ眠らなければ・・・」

 ホテルのハウスキーパーが間違って睡眠薬を捨ててしまって以来、Judyの優しい囁きとシルクタッチ・マッサージが睡眠薬代わりになった。

 だが、やはり眠りは浅い。

 数時間で目覚めると、俺はまるでマリア・カラスのような彫りの深いJudyの寝顔を飽きることなく眺め続けた。

 いま、俺は、睡眠薬もJudyの手助けもなしに、ひたすら眠り続けている。

 夜の眠りが浅いせいか、ニューヨーク時間の明け方、つまりは日本時間の夕方頃、突然激しい睡魔に教われベッドに倒れ込む。

 睡眠薬から離脱できたのは有り難いが、これでは身動きがとれない。

 カミさんの癌告知から、丸々2年。

 その間の不眠を一気に取り戻そうとでもいうように、俺は眠り続けている。

 医学的にみれば、“寝だめ”は不可能だという。

 だが、この2年あまりの不眠は、余りにも過酷すぎた。

 夢すら見ることのないとめどない眠りは、サバイバルに向けた動物の本能だと解釈するしか手はあるまい。

 それにしても、小寿笛(xia judi/Judy)よ。

 これまで、俺の「I love you」に対してごく控え目に「me to」としか答えなかったキミが、初めて口にした「I love you too」を、俺はどう解釈すればいいのだろう?

 驚くほどのキミの慎み深さが、厳格な宗教観に根ざすものなのか、はたまた説明するのが難しいほどの“複雑な人生”に根ざすものなのかを、俺はまだよく理解できないままだ。

 そういえば、間抜けなことに、俺はキミの年齢や誕生日すら知らない。

 キミの写真を見た精神科医のドクター・キムや友人たちの見方は、「たぶん、30代前半」ということで一致しているのだけれど・・・。

 もしかしたら、俺は昼夜逆転したクレイジーなライフスタイルを含め、ミステリアスなキミの存在をミステリアスなままに愛しもうとしていたのかも知れない。

 なぜなら、その頃の俺にとって、俺の心そのものが何よりもミステリアスだったからだ。

 初めてカミさんの写真を見たとき、Judyは「少女みたいだね」と呟いた。

 「Ikukoは、去年の10月4日に旅立ったんだよ」

 「six months(まだ、6ヶ月)・・・」

 「だから、10月5日にならないと俺は自由に振る舞えないんだ」

 「long time・・・」

 今思えば、この会話がキミの「I love you too」に歯止めをかけ、コロニーの長髪親爺の問いに対する「It's dream」という呟きにつながったのだろうか。

 けれど、こうした微妙なニュアンスを電話で確かめ合うことは、とても難しい。

 今の俺にできることは、耳の奥で響き続ける「long time」「It’s dream」「I love you too」という少し鼻にかかったキミの呟きの切れ切れを子守唄に、サバイバルのためのエネルギーを蓄えることだけだ。

 俺の眠りを見守る愛しき女神たちよ、Enjoy good sleep!

 

 



 



 
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