久しぶりの二日酔いである。
一昨夜のお通夜で焼酎とビールをチャンポンにして呑まされ、昨日の葬儀では焼酎とどぶろくのチャンポン、火葬中には焼酎で、終了後は村長と軍の偉いさんに呼ばれてセンソム(ラム酒)のソーダ割り。
これで大虎にならないほうが、どうかしている。
*
さて、お通夜である。
晩飯を終えて駆けつけると、すでに4人の僧侶による読経が始まっていた。
用意された椅子に座っている人は少なく、たくさんの村人たちが家の前の道路にしゃがみ込んでいる。
黒の上下を着ている人もいるが、ほとんどが民俗服か普段着である。
庭に入ると一画に設置された台の上に僧侶が座り、その前の芝生に敷かれた茣蓙の上に家族や親族が横座りをして掌(たなごころ)を合わせている。
手前の竹組みの台の上に、白地に金色の模様をほどこした棺が置かれ、その周囲にずらりとローソクだ
棺の上には鉢花が並び、その上部にはカレン族の民族衣裳が紐で縛って吊るされている。
周囲には、朝方女衆たちが編んだ菱形模様の飾り物。
焼香台の前に立ち、線香1本に火をつけて手を合わせた。
顔をあげると、目の前(棺の頭部側)に黒いアヒルが首を伸ばした形で打ち付けられていてギョッとする。
お供物だろうが、これは初めて見た。
タンブン(香典)を木箱に入れ、親族席の後ろで読経を聞いた。
*
読経が終わると、男衆たちが“お別れの歌”を歌いつつ、棺の前をゆっくりと回る。
これが延々と続き、深夜12時になるとトムジュッ(豚肉入りおかゆ)が供される。
“精進”という発想は、ないようである。
通常は、このあと未婚女性たちが白いワンピースの民族衣裳を着て、歌を歌いながら同じように棺のまわりを周回する。
これは歌のコンテストを兼ねており、長老たちの選考で一位になった娘に、若者たちがデートを申し込むというのが昔からの習慣だという。
つまり、“お見合いコンテスト”である。
だが、なぜかこの夜は娘の歌い手たちは登場しなかった。
*
村人たちの最大の楽しみは、通夜の時間を潰す間の賭けゲームである。
中には、読経のときからトランプゲームを始める不届き者もいる。
今夜はお通夜という情報が流れると、村中が一瞬沸き立つような雰囲気に包まれるのも、公然と賭博が楽しめるということに起因しているのではないかと私は睨んでいる。
ウチの嫁もそのひとりで、葬式となると妙にめかし込んで浮き浮きした足取りで出かけていくことが多い。
今夜は、サイコロを使ったゲーム場が4ヶ所設けられ、まわりは黒山のひとだかりだ。
白い布の上に「61」とか「51」などの数字と賽の目の絵が書かれており、親が皿の上にサイコロを3個置き、竹編みの蓋をかぶせて、その皿を軽く一振りする。
すると、参加者たちが20バーツ札をそれぞれの狙い目の数字や絵の上に置く、つまり賭けるわけである。
ラーはトランプゲームは得意だが、このゲームには疎いらしく、しばらく様子を眺めていたが、
「ちょっと試してみるね」
と言って、20バーツを置いた。
そして、たちまち100バーツをすってしまった。
「クンターも賭けてみない?」
顔見知りがしきりに声をかけてくるが、いまひとつ賭けの仕組みが理解できないので、場の脇でビールを飲みながら英語でしゃべりかけてきた若者と話し込んだ。
彼はかつて、ドイタノーンにあるエレファントキャンプで象使いをしており、そのときにファラン(欧米人)や日本人観光客を相手に英語を覚えたのだという。
仕事は面白かったが、なにせ月給が2,000バーツ。
これでは家族を養えないので、いまは村に戻って学校などのトイレ設営工事で一日200バーツの賃金をもらっているそうである。
すると、ワーッという大きな歓声があがった。
(おい、おい。ここはお通夜の場だぞ・・・。でも、日本にも映画『寝ずの番』みたいなとんでもないお通夜があるからなあ・・・)。
どうやら大きな目が出たらしく、100バーツや500バーツ札が飛び交っている。
こうなると、ラーは頭に血が昇って歯止めが利かなくなる。
朝までいるというのを無理矢理引っ張って、家に戻った。
やれやれ。
(今日もネット不調で、写真はお預けです)
☆応援クリックを、よろしく。
一昨夜のお通夜で焼酎とビールをチャンポンにして呑まされ、昨日の葬儀では焼酎とどぶろくのチャンポン、火葬中には焼酎で、終了後は村長と軍の偉いさんに呼ばれてセンソム(ラム酒)のソーダ割り。
これで大虎にならないほうが、どうかしている。
*
さて、お通夜である。
晩飯を終えて駆けつけると、すでに4人の僧侶による読経が始まっていた。
用意された椅子に座っている人は少なく、たくさんの村人たちが家の前の道路にしゃがみ込んでいる。
黒の上下を着ている人もいるが、ほとんどが民俗服か普段着である。
庭に入ると一画に設置された台の上に僧侶が座り、その前の芝生に敷かれた茣蓙の上に家族や親族が横座りをして掌(たなごころ)を合わせている。
手前の竹組みの台の上に、白地に金色の模様をほどこした棺が置かれ、その周囲にずらりとローソクだ
棺の上には鉢花が並び、その上部にはカレン族の民族衣裳が紐で縛って吊るされている。
周囲には、朝方女衆たちが編んだ菱形模様の飾り物。
焼香台の前に立ち、線香1本に火をつけて手を合わせた。
顔をあげると、目の前(棺の頭部側)に黒いアヒルが首を伸ばした形で打ち付けられていてギョッとする。
お供物だろうが、これは初めて見た。
タンブン(香典)を木箱に入れ、親族席の後ろで読経を聞いた。
*
読経が終わると、男衆たちが“お別れの歌”を歌いつつ、棺の前をゆっくりと回る。
これが延々と続き、深夜12時になるとトムジュッ(豚肉入りおかゆ)が供される。
“精進”という発想は、ないようである。
通常は、このあと未婚女性たちが白いワンピースの民族衣裳を着て、歌を歌いながら同じように棺のまわりを周回する。
これは歌のコンテストを兼ねており、長老たちの選考で一位になった娘に、若者たちがデートを申し込むというのが昔からの習慣だという。
つまり、“お見合いコンテスト”である。
だが、なぜかこの夜は娘の歌い手たちは登場しなかった。
*
村人たちの最大の楽しみは、通夜の時間を潰す間の賭けゲームである。
中には、読経のときからトランプゲームを始める不届き者もいる。
今夜はお通夜という情報が流れると、村中が一瞬沸き立つような雰囲気に包まれるのも、公然と賭博が楽しめるということに起因しているのではないかと私は睨んでいる。
ウチの嫁もそのひとりで、葬式となると妙にめかし込んで浮き浮きした足取りで出かけていくことが多い。
今夜は、サイコロを使ったゲーム場が4ヶ所設けられ、まわりは黒山のひとだかりだ。
白い布の上に「61」とか「51」などの数字と賽の目の絵が書かれており、親が皿の上にサイコロを3個置き、竹編みの蓋をかぶせて、その皿を軽く一振りする。
すると、参加者たちが20バーツ札をそれぞれの狙い目の数字や絵の上に置く、つまり賭けるわけである。
ラーはトランプゲームは得意だが、このゲームには疎いらしく、しばらく様子を眺めていたが、
「ちょっと試してみるね」
と言って、20バーツを置いた。
そして、たちまち100バーツをすってしまった。
「クンターも賭けてみない?」
顔見知りがしきりに声をかけてくるが、いまひとつ賭けの仕組みが理解できないので、場の脇でビールを飲みながら英語でしゃべりかけてきた若者と話し込んだ。
彼はかつて、ドイタノーンにあるエレファントキャンプで象使いをしており、そのときにファラン(欧米人)や日本人観光客を相手に英語を覚えたのだという。
仕事は面白かったが、なにせ月給が2,000バーツ。
これでは家族を養えないので、いまは村に戻って学校などのトイレ設営工事で一日200バーツの賃金をもらっているそうである。
すると、ワーッという大きな歓声があがった。
(おい、おい。ここはお通夜の場だぞ・・・。でも、日本にも映画『寝ずの番』みたいなとんでもないお通夜があるからなあ・・・)。
どうやら大きな目が出たらしく、100バーツや500バーツ札が飛び交っている。
こうなると、ラーは頭に血が昇って歯止めが利かなくなる。
朝までいるというのを無理矢理引っ張って、家に戻った。
やれやれ。
(今日もネット不調で、写真はお預けです)
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前に読んだ著書で人が死んで『死んだ人間の事をくよくよ考えてもしょうがない、次に何が出来るかを考えろ』と唄ってあったのを思い出しました。
奥様を含めカレン族の人達はまさにこの事を地で行っているのではないかと思いました。いつまでも哀しみに浸ってないでせっかく皆が集まったのだから楽しもうと。ミスコンに然りギャンブルに然り..。
こういった見送り方もあるのだなと考えさせられる内容でした。