育児・育自日記

毒親育ちでも、自分の子どもは大切に育てたい。 明るいほうへ! 無神論ではありません。

「ふり」をしなくていい人間関係

2021-04-22 | 育自

普通、人間関係の持ち方は、自分の好きな人、自分と合う人と身近に接するものだろう。
わたしの場合、その反対をしてきた。
嫌だと思う人の近くにいたし、近くに寄っていってみた。

世の中にいる嫌な人を知るため。
嫌な人を他山の石にするため。
他人を鏡にして、反面教師にして、自分の思い込みに気付いて、自分を変えていくため。
ああはなるまいという学びのため。

親に対して嫌な人だという物の見方を得てしまうと、他人をも同じ色眼鏡で見てしまう。
それがわたしの苦しみの元だっただろうと思う。
あの親の娘である自分が嫌だった。
嫌な人を避けなかったのは、嫌な自分から逃げないということでもあったのだと思う。

わたしが嫌な人と思ったのは、ひと言でいえば、愚かな人だ。
性格的、人格的に未熟
我が強い
感情的
支配的
思い上がり
見下し
比較心
他人の目ばかりを気にして本当のことは気にしない
という感じ。

世の中には単純なばかと、自分を賢いと思っているばかがいる。
より面倒なのは、後者だ。
世の中で評価される自分を賢いと思っている人は、簡単に他人をばかにする。
評価されることだから、その人にとって大事なのだ。真理だから、ではない。
本当の賢さとは何だろうと疑問に思った。

こういう人間関係の中にいる間、わたしはずっと「ふり」をしていた。
目の前にいる人を嫌いじゃないふり。
何も気付いていないふり。
何も分かっていないふり。
自分の本音は隠したいけど、他人の本音は知りたかった。
「ふり」は苦しい。いつまでもは、続かない。

「ふり」をしなくていい人間関係が、その人に合った人間関係ということだろう。
それが家族であれば幸運だし、そういう友達が得られるのは有難い。
何より、自分で自分を偽らないことが、大事になる。
自分を嫌わないこと。
自分を知ること。
自分を大事に思うこと。
自分に感謝すること。

現在の人間関係は縁に任せるという感じだ。
合わない人とのお付き合いは、短期間で終わる。
長く続くということが、縁があるということだと思う。


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悪影響な母親タイプ

2021-04-19 | ポップ・フィロソフィー

世の女性になってほしくないのは、自我が強くて、自分の子どもすら自分の株を上げるためのお人形にしてしまう母親だ。
子育てをする女性こそ、子どもが一番大好きなお母さんにこそ、人格形成とでもいうものを大事に考えてほしい。

自分を良く見せよう、自分の評価を高めよう、自分が前に出ようとする母親は百害あって一利なしだと思う。
子どもにとってよくないし、孫にとってよくない。

わたしの祖母が、見た目のかわいらしさでわが子を差別するタイプだったという。
そのつもりがあったのか本人に聞いたわけではないが、見た目のかわいくなかったわたしの父親を捨てたという事実はある。

外見重視でこだわる母親を見ると、こだわる部分を間違っているように思ってしまう。
わたしはむしろ、内面重視にこだわり過ぎなのかもしれない。
この世で生きていく上では、やはりバランスは大事だろう。
しかし、どちらが大事かといえば、やはり内面だ。
長く付き合う相手に影響が大きいのは、内面のほうだ。

自分さえよければいいという自我の強さを恥ずかしいという感覚がないのは、周りの人にとっては毒以外の何物でもない。
他人なら距離もとれるが、子どもは逃れようもない。
長い目で見れば、いいことは何もない。
子どもが思い通りになるのは、思春期までと思ったほうがよい。あとは、問題だらけだ。

大事なのは、母親の外見、肩書ではなく、母親の在り方だ。
どう見られたいかではなく、人としてどう在りたいかを問うてほしい。
人としてわが子に伝えたいことは何なのか。
母親が口に出さずとも、常日頃の言動で子どもはキャッチしている。
母親が子どもを自分の都合よく動かそうとしているのか、それとも、尊重し見守っているのか。

母親になる人にこそ、自分を高める道徳を学び、身に付けてほしい。
そういう人が増えてほしい。


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何が子どものためになるかに親の価値観が反映される

2021-04-15 | 育児

わたしは一人っ子のせいか、一人でいるのは平気だ。
あまり人に合わせるタイプでもないので、一人でいるほうが面倒がない。
自分のためには一人でいたいが、子どものためには遊び友達も必要。
インドアタイプだけど、子どものためには外に出て遊ぶ時間も大事。

子どものためと思うと、積極的に行動できるのは不思議だ。
自分のためだと、家の中で一人でずっといても苦にならない。

親子三人の暮らしの中で、子どもにとって親の存在が大きくなりすぎることを危惧していた。
世の中にはいろんな大人がいるということを分かっていてほしかった。
親の言うことだけが絶対だなんて思わないようにしてほしかった。

何かに、自分の頭で考えられるようになるのは6歳ごろからと書いてあった。
うちの娘も、年長のときに、考えるということに気付いたようだった。
わたしが「自分の頭で考えなさい」と言ったとき
「考えるなんて、できないよ」と答えた。
「さっき、考えてたよ」
「?」
「○○だから××だ、と言ってたでしょう」
「うん」
「それが考えるということだよ」
「!」

6歳児の考えることは、高が知れているけれど、自分で考えようとする姿勢が大事だと知ってほしかった。
誰かが言ってたからとか、自分で確かめもせずにうのみにするような態度を身に付けてほしくなかった。

どうしたって、親の価値観が一番、子どもに影響すると思う。
でも、それだけじゃないというのも、分かっていてほしい。
親も一人の人間にすぎず、間違いだっていっぱいするのだ。

自分のためなら到底しない、できないようなことでも、子どものためと思えばできてしまうのが親というものだろう。
子どものためなら何をしてもいいというものでもない。
結局は、子どものためにならないことをしてしまっている親もいる。
こういうところに、その人の価値観がでるといえる。

親になる前に、自分の価値観をきたえておきたい。
ここぞというところで選択を間違えないように。


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子ども時代を保障する

2021-04-13 | 育児

子どものとき、しっかりしているとか、一人っ子には見えないとか言われるのが嫌だった。
わたしは、自分が無理をして我慢しているのが分かっていた。
守ってもらえるとか、安心できるとか、甘えさせてもらえるとか、そんな親ではなかった。

しっかりせざるを得なかったのだ。しっかりしたくて、しっかりしていたわけではない。
一人っ子なら、もっと甘やかされてもよかったと思う。
わたしが無理をしていることを、親は気付いてもいないようだった。
わたしが無理していることに、まるで満足しているかのようだった。

子ども時代には、子どもとして過ごせるのが一番よいと思う。
いたずらしたり、わがままを言ったり、たくさん遊んだり。
子ども同士で遊ぶことや、親以外のいろんな大人と接する機会も大切だ。

親の精神年齢が低いと、子どものわがままを許せない。
親の見栄が強いと、子どもが思い通りにならないことに腹を立てる。

わがままを言わない、親に都合のよい子は、要注意だ。
無理は続かない。
どこかで限界がくる。

親として大事なのは、子どもが子どもとしていられる環境を保障することだと思う。
子ども時代を子どもとして過ごせば、やがて心身ともに大人になっていく。
子ども時代を安心して子どもとして過ごせなければ、大人になるのが怖くなる。
いつか落とし穴にはまったように前にも後ろにも進めなくなる。

子どもが親の思い通りになる存在だなんて、思わない子育てが必要だ。
思い通りにならないから、思わぬことに笑ったり、驚いたり、感動したりできる。


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突然の思い出話

2021-04-12 | 娘語録

小学生の娘が、突然、園児だったときの話をしはじめて驚くことがある。

3歳児のときに、お弁当にお箸をぶっさして先生に怒られただとか。
年長のときか、お弁当のピーマンを頑張って食べようと思ったらシシトウだったとか。

いや、わたしもシシトウ入れた覚えはないけど。
そんなことあったっけ?
言われてみれば、あったかな?
ゴメン。

その当時に話さなかったことでも、数年後にいきなり話したりする。
いろいろしゃべるようになった娘といるのは楽しい。


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仮の姿を卒業する

2021-04-11 | 育自

中学の頃、親には全く不満がないと言っているクラスメートがいた。
その頃、わたしは親に不満しかなかった。

不満のない人のほうが、順調で幸せな人生だといえるのかもしれない。
しかし、それは所詮、他人の人生にすぎない。
わたしはわたしの人生を何とかしなくてはいけなかった。

親にされたことを思うと、重い気分で悩まずにいられなかった。
しかし、親のほうは、あれもしてやったこれもしてやったと恩を売ってくる。
気が狂いそうだった。

ただ、ある程度、年を経たとき、自分の悩みが所詮、自分のことしか考えていないことに思い至った。
親の愚かさを悩むのは、自分が嫌な思いをしたり、迷惑をこうむるから。
自分が楽をできないから。
自分、自分、自分。
自分に都合のいいことばかりを考えていると、八方ふさがりになってくる。

悩まずにはいられないけど、嫌な人に悩み続ける限り、嫌な人から逃れられもしない。
これ以上、嫌な人に波長を合わせてはいけない。

嫌な人とはもう関わらなくていいと、自分に言ってあげよう。

本当は何がしたい?
本当はどんな人と一緒にいたい?

自分の正直な気持ちを、素直な気持ちで聞いてみよう。
恥ずかしくても、自分だけには正直に告げよう。

仮の姿では、人生は始まらない。


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2匹の巨大グモの夢

2021-04-09 | 育自

小学生のときだったと思う。
夢の中で、2匹の巨大グモに襲われた。
恐ろしい、気味の悪い、わたしよりも大きなクモが2匹、覆いかぶさってきた。
重くて、苦しくて、怖かった。
わたしを押し殺そうとしているようだった。

学校へ行って、こんな怖い夢を見たよという話をした。
誰かが、そのクモは何をあらわしていると思うか、と聞いた。
わたしは「親だ」と即答していた。

そんな夢を見たことで、自分にとって両方の親がどれだけ重荷になっているかに改めて気付いた。
気付いたところで、家庭の環境を変えようもなかったが。

自分を殺そうとしている人間と、親子という関係で、一緒の家に住むのはまるで拷問だ。
しかし、社会人となっても、わたしは実家に住んでいた。
はたらく意欲がなく、経済的な理由もあった。転職ばかりしていた。
わたしの精神的支えにはなれない親だが、経済的支えにしてやろうという思惑もあったかもしれない。
母親は「お金!お金!」とうるさかった。

実家を出たのは、結婚することになってからだ。
結婚も、わたしには、長いこと、他人事のように思えていた。
両親を見ていて、結婚への憧れなどなかったし。

本来、親の仕事は、子どもの生命力を伸ばすことであると思う。
子どもがもって生まれた生命力を、守り、育み、より大きく、より強くする手助けをする。

親の精神年齢が低かったり、自我が強かったり、依存心が強かったりすると、子どもの生命力を伸ばせない。
むしろ、奪うことになる。

やはり、そういう親からは、できるだけ早く離れるのがいい。
自分の生命を守るために。
自分の生命を大切にしよう。


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人にどう見られるか

2021-04-04 | 育自

人にどう見られるかを気にしてばかりの人は、母親としてはかなり残念だ。
世間という他人の目を優先して、自分の子どもの気持ちを置き去りにする。

うちの母は、一時の恥を気にして、人にものを聞けないタイプだった。
人に笑われることを避けようとして、逆におかしな行動を取っていた。

自我の強い母親は、子どもが驚くような冷たい行動をとることがある。
他人の目を気にしても、子どもの目を気にしないのは、なぜだろうか。
子どもは間近で、母親の裏表のすべてを見ている。
信頼に足る人かどうか、子どもは心の中で判断している。

わたしの場合、母親を見ていて、人目を気にすることの馬鹿らしさを知った。
他人の目に自分をどう見せたところで、実際に自我の強い愚かな人間であることは変わらない。
どう見えるかではない。
大事なのは、どう在るかだ。

母親が何を優先しているか。
自我を優先している、自分さえよければいいが本音の人間なのか。
認めたくはない母親の現実を、子どもは見ている。

母親が愚かであってはいけない。
つまり、自分さえよければいいという愚かな心では、まともな子育ては難しい。
子どもの心に信頼感を植え付けられない母親が毒なのだ。

誰かのために何かができるような、大人でありたい。
子どものためになる教育ができるような、賢い大人でありたい。


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生まれてきてよかったと思いたい

2021-04-03 | 育自

妄想がとまらなかった。
見知らぬ誰かに突然、隠れた才能を見いだされる。
例えば『プレシャス』という映画にもあったような、現実的にはありえないような、光り輝く妄想。
つらい現実を埋め合わせるほどに、それ以上に、夢のような出来事が起こってほしい。
自分に都合のいいことばかり考えてしまう。
嫌な思いをたくさんしてきた分、わたしの人生にいいことも起こってほしい。

なぜ、わたしの周りには嫌な人ばかりしかいないのか。

つらい人生がよりつらくなるのは、感謝の思いからどんどん遠ざかってしまうからかもしれない。

いいことが起これば感謝できるのにと考える。
誰にでも起こる当たり前の出来事には感謝の必要がないと思ってしまう。
しかし、自分の人生を好転させるには、何にでも感謝してみることから。
アホのように「ありがとうございます」を口癖にするくらい言ってみる。

自分さえよければいいという人生を送りたいわけじゃない。
自我を満たして、承認欲求を満たすだけの人生を望んでいない。

自分の人生において、生まれてきてよかったと思いたい。
つらい人生を乗り越えたい人に、そういう思いを実感としてもってほしい。

日常の中で、ありがたいなと思えることが増えるほど、つらいことより幸せな時間が増えていく。
つらいことにとらわれる時間より、感謝できる時間を増やしていこう。
自分が何を大切だと思っているかは、それに費やす時間で計れると本で読んだことがある。

意地でも、嫌な人のことは考えない。
その分、つらい思いをしてきた自分のことを大事にしてあげよう。
頑張ってきた自分に感謝することから始めよう。


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困っても頼れない

2021-04-01 | 育児

中学生の頃に、自転車通学をしていた。
部活帰りで、帰り道は暗かった。
ふと気づくと、ずっと後を付いてきている自転車がいる。
こちらがスピードをあげると、同じようにスピードをあげて付いてくる。

どうしよう。

親に連絡して迎えに来てもらおうかと考えた。
しかし、すぐに、迎えに来てもらえないと思った。

困っているときに助けてもらったという記憶がなかった。
一人で帰ってこいとか、
付けられているなんて気のせいじゃないかとか、
そんなことで親を使うなとか、
頼りになる親の姿が思い浮かばなかった。

付いてきていたのは、やはり痴漢だった。
何とか振り切って帰宅した。

後になって、母親はどうして電話してこなかったのかと怒った口調で言った。
あなたのことを信用していない、とは言えなかった。
とりあえず、衣食住の面倒は見てもらっているのだ。

怖かったねと、共感するような言葉をかけてくれるような親でもない。
次の日から迎えに来てくれるような親でもない。
自分で何とかするしかないとしか思えなかった。

困ったときに子どもが親を頼れるのは、親への信頼があるからだ。
娘が困ったときには頼られる親でありたい。そのために、常日頃から信頼されていたい。


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