自然を求めて近辺ぶらり

四季折々の風景、草花、野鳥など特にテーマを決めずに写真を撮り歩いています。

京田辺市にある「とんちの一休さん」のお寺・酬恩庵 (一休寺)

2018年07月07日 | 関西の旅・社寺・庭園・城
とんちの一休さんのお寺として知られている酬恩庵(しゅうおんあん : 通称、一休寺)は、もとは妙勝寺といい、大応国師によって正応年中(1288-1293)に禅の道場とし草創されたのが始まりである。その後、元弘の戦火にかかり荒廃していたものを一休禅師が康生2(1456)年に再興し、師恩に報いる意味で「酬恩庵(しゅうおんあん)」と命名された。禅師は88歳で亡くなるまでの晩年、ここを居とされた。 

酬恩庵 (一休寺) の総門


参道


方丈








方丈庭園
方丈庭園は、江戸初期の造庭で文人、松花堂昭乗、佐川田喜六、石川丈山の合作とつたえられています。方丈庭園 は江戸時代初期の代表的な庭として国の名勝に指定されています。








東庭
東庭は多くの庭石と刈り込みをふんだんに使い、十六羅漢の遊行するさまを表わしている。羅漢とはお釈迦様の弟子のことです。お釈迦様からこの世の中の命あるすべてのものを救うように告げられた16人の羅漢が遊んでいる様子をあらわしているとのことである。




襖絵
方丈の襖絵は、江戸時代初期の画家、狩野探幽が描いたものです。


一休禅師ご使用の輿
一休禅師が81才で大徳寺の住職になった際、ここから京都紫野まで乗って通ったという輿です。それにしても、ここから大徳寺までの25km以上もの道のりを、毎日ではないにしても、この輿で通うのは大変なことだったでしょう。


一休禅師の木像
禅師八十八歳の時高弟墨済禅師に命じて彫刻せしめ頭髪やひげに自らのものを植えさせたものです。




檀那の間
檀那の間とは、お寺の檀那つまりはスポンサーである方をお通しする応接室です。




本堂入口


本堂への参道


本堂




一休さんの石像






屋根


境内の池


一休寺全景


一休宗純
室町時代を生きた臨済宗大徳寺派の禅僧。京都生まれで幼名は千菊丸。後小松天皇あるいは足利義満の血を引くともいわれています。6歳で京都の安国寺に入門し、周建の名前を授かりました。幼い頃より漢詩の才能を開花させ、『長門春草』を13歳のときに、15歳では『春衣宿花』を著しています。一休の名付け親は大徳寺の高僧、華叟宗曇(かそうそうどん)。一休の「「有ろじより 無ろじへ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」の言葉から、華叟が道号として授けました。その後、さまざまな人生の紆余曲折を経て、1481年、88歳で病没。一休寺で静かに眠っています。一休禅師は人皇百代後小松天皇の皇子であるので、一休禅師墓所は宮内庁の御陵墓として管理している。

ジャンル:
ウェブログ
コメント (8)   この記事についてブログを書く
« 中国の明朝様式の伽藍配置を... | トップ | 雨降る中を京都府木津川市の ... »
最近の画像もっと見る

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
酬恩庵 (ヒトリシズカ)
2018-07-07 06:55:02
イケリンさん

今回、訪問なさった一休寺として知られている酬恩庵は、なかなか立派な古刹です。

方丈庭園は素晴らしいお庭です。これほどのお庭を持つ点でも、素晴らしい古刹です。しかも、木々などがよく手入れされています。

池にスイレンなどがたくさん咲いているもよかったです。

いい古刹をお教えいただきました。



酬恩庵 (イケリン)
2018-07-07 07:24:41
ヒトリシズカさん おはようございます。
京田辺市にある酬恩庵は、京都から奈良に向かう国道から少し寄り道になるので
今まで立ち寄ったことがなかったのですが、今回初めて拝観しました。
想像以上に素晴らしいお寺で、他に拝観者がなくひっそりと静まり返っていました。。
酬恩庵 (fukurou0731)
2018-07-07 09:33:02
イケリン様
おはようございます。
酬恩庵、通称一休寺は名前こそ聞いたことがありますが、訪れたことはありません。
立派なお寺ですね。
とんちの一休さんで人気者ですが、立派なお坊さんなんですね。
「トラをびょうぶから追い出してくだされば、すぐに、しばってごらんにいれます」
と言ったと言う虎の屏風があるのですね!
酬恩庵 (イケリン)
2018-07-07 11:09:43
fukurou0731さん こんにちは。
一休寺の名前は聞いたことがあり、以前から一度訪れたいと思っていて
今回初めて実現しました。立派なお寺でした。とんちの一休さん。いろんな逸話がありますね。

明日はfukurou0731さんが、毎年初詣に行かれる という、
浄瑠璃寺を掲載いたします。ご覧頂ければ幸いです。
一休寺 (kagurakko)
2018-07-07 15:08:03
こんにちは、イケリンさん。
とんちの一休さんのお寺ですねぇ‼️
石像の一休さんは面影が有ります❗️
池は有りますが橋はありませんねぇ⁉️
晩年をこのお寺で過ごされた立派な聖域です❗️
心洗われる雰囲気を感じます。
本堂は勿論参道は歩いてみたいですね~。
一休寺 (イケリン)
2018-07-07 17:43:15
kagurakkoさん こんばんは。
とんちの一休さんのお話は、子供の頃から馴染みがありますねぇ。
石像も若い頃と晩年の姿のものがありました。どこととなく親しみを感じる表情ですね。

一休さんが晩年を過ごされた部屋も庭園に面していました。
毎日このお庭を眺めながら、お過ごしになられたのでしょうね。

こんにちわ、イケリンさん (たか)
2018-07-07 18:20:25
お馴染みの一休さん
とんちに優れた事が前面に出て、その後の事は余り知らないで来てしまいましたが
晩年まで過ごされた酬恩庵は京田辺市に在るのですね。
イケリンさんのブログで知識が一つ増えました。感謝です。

狩野探幽の襖絵、見事なものですね。




一休寺 (イケリン)
2018-07-07 18:53:06
こんばんは たかさん。
一休さんは、とんちで有名で馴染みのあるお方なんですが、
人皇百代後小松天皇の皇子であることなど、意外と知らないことが多かったです。
訪れてみて初めてわかるということも多いですね。

京田辺市は馴染みのない方も多いのでしないかと思いますが、
京都府南部で大阪府や奈良県の県境近くに位置していて、近鉄京都線やJR片町線があり、
ベッドタウンとしての性格が強いようです。
同志社大学の京田辺キャンパスがあることから、若い人が多いようですよ。

コメントを投稿

関西の旅・社寺・庭園・城」カテゴリの最新記事