精神科医療は思想警察なのか?

芸能界と暴力団の関係、精神科医療、放射能、癌の嘘、自己啓発について書いていきます。

教育に必要なものは”厳しさ”であり、”躾”されていなければ社会の荒波に飲まれてしまう

2019年07月20日 | 看護師になってはいけない

「トンビが鷹を産んだ」という諺がありますが、こんなことは実際あるのでしょうか?

 

聖書には「親は子を超える事はできない」と書いてあります。

しかし「あなたは聖なるものになりなさい」と書いてあります。

聖なるものとは「創造主である神」のことです。

 

これは、どういうことか?

「造り主」と「作品」という比喩で書かれてあり、作品はどうしても、造り主の当時の力量によって、その出来栄えが決まってくるということです。

つまり、両親から産まれた人間の子供がその親を超えることはできないという意味ではなく、どうしても「親の属性の影響を受けてしまう」ということです。

子が親を捨てることができれば、新しく生まれ変われるということ、つまり「求めれば与えられる」のです。

しかし、人間は自ら成長しようとはしない生き物です。

なぜならば、虚栄心や自己満足、自尊心のためにしか頑張らなくなってしまっているからです。

「損得勘定でしか動かない」

のが人間の本性なのです。

人間は「性悪説」です。

つまり、看護教育の基準が「専門職を育成すること」であり「人間育成」「人格育成」ではありません。

しかし、実際に、看護師に必要なものは、知識、技術、経験も大切ですが、人命を預かる仕事であることから、最後は「人間性」や「高い人格、モラル」であることは間違いありません。

これは看護師に限ったことではありませんが、「善悪の判断が曖昧」つまり、「感情に流されてしまう人」ばかりが集まった集団とは不正にまみれていきます。

企業利益を最優先すれば、不正は当然現れます。

まっとうな商売では、短期的に見て、莫大な利益は生み出せません。

しかし、まっとうな商売をしない理由は経営者やその一族がぼろ儲けしたいからに他ありません。

 

人命を預かる仕事の人が、いちいち感情に流されていたらどうなるでしょうか?

仕事になりませんよね?

逆に言えば、普段から感情に流されてばかりいる人が、人命を預かる仕事につくと「とてつもない心理的負担となる」ことは明白です。

ですから、専門職につくような人は「怠惰」「放蕩」「快楽、享楽に浸る」というような感情を持っている、そういった習慣があると、どんどん仕事が辛くなっていくのです。

 

そのために何が必要となってくるか?というと

一言でいえば「躾」(しつけ)なのです。

躾とは、ペットの素行不良が起きないように、その振る舞いが人間と一緒に生活するうえで逸脱しないようにするための「訓練」です。

「訓練」というと言葉が難しいため「社会性を身に着けるための行動の仕方、考え方」を身に着けさせることですね。

 

どれだけ見た目がかわいいペットでも、部屋の至る所で排泄するような振る舞いをするならば、そのようなペットとは同居できません。

残念ながら、人間と同じ社会で生活するには、動物は「躾」が必要になってきます。

実は人間も同じです。

ある一定のグループ、社会で生活するためには、その集団のルールを守る必要があります。

そこで逸脱しないようにするために、「躾」はどうしても必要になってきます。

人間の場合の躾とは「礼儀やマナー」といった態度のことを表します。

 

残念ながら、ここ最近まで、病棟の看護師の教育は「職人の育成」に近いものがありました。

つまり「見て学べ」「仕事は盗むもの」です。

見て学べとは一体何か?というと、かつての和食職人や寿司職人のような世界のことです。

どのような世界なのか?説明を見ていきましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(職人の「仕事は教えない」は嫌がらせなのか? 「技術は食い扶持。盗むしかない」との反論も 2016/02/09 17:52キャリコネ2848 用語リンク(β)大百科用語リンク)

職人の世界といえば、最初の数年は下働きが当たり前。

小さな仕事をこなしながら、先輩の仕事ぶりを間近に見て技術を習得するといった話をよく聞きます。

中には「仕事は盗むもの」として、きちんと技術を教えてもらえないという職場もあるようです。

そんな職人の仕事の教え方について、Q&AサイトのYahoo!知恵袋にこんな質問が寄せられていました。

相談者さんは仕事を教えるのは先輩の「義務」なのだから、仕事を教えないなら給料をもらう資格がないはずだと主張しています。

 

回答者「ちゃんと教えてあげないと危険でしょ?」
「職人」が具体的にどういう仕事なのか明かされていませんが、相談者さんは職人の「仕事は教えない」は嫌がらせではないかとも考えています。

現代的にいうとパワハラですね。回答者からは、この意見に賛同する声が相次いでいます。

・「今時、仕事は見て覚えろ、なんて時代遅れでしょ。我流では仕事は覚えられないし、第一ちゃんと教えてあげないと危険でしょ」(lovetanmayuyu48さん)


・「ほんとにそうだと思います。見るだけでは技術も盗めませんし慣れる事も出来ない。かっこつけてるだけですよ」(shigure401_1919さん)

いまは短期間で一流の技術を習得できる職人養成学校が人気を博する時代です。

寿司経験1年未満の職人集団が開いた寿司店が、開店からわずか11か月で「ミシュランガイド京都・大阪2016」に掲載され話題となりました。

「飯炊き3年、握り8年」と言われた世界がこれですから、いくら「伝統」と言い張っても「見て覚えろ」といったやり方は、もったいぶっているだけと言われても仕方ないのかもしれません。

その一方で、職人は長い下積みから自分で学んでいくものだという意見もあります。

「甘いです。手取り足取り教えてもらえないければ(技術を)習得出来ないのなら、職人には向いてません。指導は、指導者の仕事の時間を奪う事を忘れてはいけません」(haru012877さん)

 

・職人にとって技術は「食い扶持」で「他人との差別化」の源泉


haru012877さんによれば、技術は職人にとっての「食い扶持」であり「他人との差別化」の源泉なのだから、それをわざわざ他人に手取り足取り教えるわけがない。「そんな技術は盗むしかないんですよ」ということです。

確かに新人を育てることは、商売のライバルを増やすことにもなります。企業組織では新入社員の育成プログラムや新人研修といった教育制度があり、全員で力を合わせて目標達成を目指しますが、それとは訳が違うのですね。別の回答者からも「見て学んでこそ職人として成長できる」という意見もあります。

「職人さんの仕事は、往々にして自分の指先の感覚が大事になる仕事が多いので、教えられて覚えるより自分の感覚をつかんで欲しいんだよ。それでいい仕事が出来るようになった時、本物の職人になるということだろうね」(nekobasskyukyutai0119さん)

「味は舌で味わって盗むもの。盛付けは箸の運びを見て盗むもの。食の世界はそう教わります。大工等は道具の選び方ではなく手の動きだ!個人各々の味わいやこだわりを活かして貰いたいからでは?」(nekobasskyukyutai0119さん)

職人養成学校でも、お金を払えばどんな素人でもハイレベルの職人になれるわけではなく、高い素質があって並外れた努力をする人でなければ一流にはなれません。

どちらにしても、待ちの姿勢で「教えてくれない!」と嘆くのではなく、盗むつもりで構えることが必要なのかもしれません。そう考えると、一から十まで事細かに教えない職人の仕事の教え方にも一理あるのではないでしょうか。(ライター:Makiko.N)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(転載ここまで)

「苦労して習得してきたことは教えたくない」これは人間の本音かもしれません。

学ぶ姿勢=態度が悪い人間に対して、自分の技術や知識を教えたくないのは当然と言えば当然ですね。

これは「教えてもらう側の礼儀」の有無に通じるものがあります。

 

ここで不思議な感じを覚えるのですが、過去に私が店舗小売業で店長をしていたころは、

「パートをいかに訓練して、レベルアップさせて店の状態を上げるか?が店長の力量だ!」と言われていました。

しかし、その前段階として「パートの躾(しつけ)」は徹底させろとも言われていました。

パートの躾とは一体何か?というと、

・命令以外での勝手な残業をさせない

・更衣室で他人の財布や金品を盗むというような不正行為をしない

・商品を盗まない、勝手に値引きしたり見切りしてシールを張って買わない

・シフトを勝手に変更しない

といったことです。

これらを放置しておくと、「社内不正」から犯罪にまで発展し、こういった問題があるお店は売上がどんどん低下していきます。

それはそのはず、「レジ接客」や「商品陳列状態」を二の次にして、パートさんが仕事にきても友達同士ペチャクチャ喋っている傍で、社員が一生懸命働いているという光景が目に浮かぶからです。

話を看護教育に戻すと、この躾とは「言葉遣いや表情などの態度」「学習準備」に現れます。

「学費払っているので、あなたたち教員が教えるのは当然でしょ?」

確かにそうかもしれませんが、そういった姿勢で看護師免許を取得しても、実際に働く臨床では、「職人気質」の先輩、プリセプターだらけだということです。

ましてや、女性は「嫉妬する生き物」ですから、そうそう簡単に仕事や技術を覚えられたら、病棟での自分の立場が怪しくなっていく=必要とされなくなっていくことは考えますから、教育方法も、新人のためでなく、自分の保身のために行うにきまっています。

残念ながら、病院といった医療の現場では「人件費対策」をしておらず、むしろ「人出不足」「有資格者不足」のため、リクルートのためにたくさんお金を支払っている現状のため、完全に資格を持っていないと仕事につけないという「職人の世界」なのです。

「嫌なら辞めろ」「資格就職できるため、次あるから辞める」

の世界です。

原点に戻り、職人とはどのような人間がなるのか?というと

「その業種が好きで好きでたまらない人」

「手先が器用で機転が利くため、その職種の仕事が上手くこなせる人」

といったような、興味関心が高いか、そもそも手先が器用な人しかできない世界なのです。

 

つまり、営業の仕事や工場のライン作業のようなものではないのです。

訓練してどうこうなる仕事ではないのです。

実は最初から「向いている、向いていない」といった向き不向きがある職業が「職人の世界」つまり看護師の仕事です。

 

では、資格取得したけど、才能がない、向いていない人はどうすればよいのでしょうか?

それは、自分のレベルに合わせた、病院や科を選択すればいいだけです。

ただし、そこからは出ることはできませんね。

なぜなら向き不向きの世界であるため「努力で何とかなるものでもないから」です。

 

だとすれば、専門学校に高いお金を支払って3年か4年通学するくらいないら、本当に自分が興味のある業界に3年か4年飛び込んで学んだほうがよっぽど人生は豊になるし、給料が少なくても、毎日楽しく過ごせると思います。

 

好きで好きでたまらない人でないと実力は伸びません。

資格を持っていても「向き不向きが明確に存在する業界」が看護師の仕事なのです。

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