古代日本の歴史を謎解き

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出雲で出土した三角縁神獣鏡

2019-11-16 21:07:19 | 歴史
出雲の遺跡でもう一つ紹介したい
神原神社古墳 から出土した三角縁神獣鏡

三角縁神獣鏡は近畿や九州でも出土していますが
この三角縁神獣鏡は特別です。
銘帯には次の41字に
景初三年(西暦239年)の文字が

この年は
魏志倭人伝に紹介される卑弥呼が魏国から銅鏡100枚を含み
親魏倭王の金印を贈られた年なのです。
景初三年(西暦239年)は大阪府の黄金塚古墳の出土していて
二枚しか発見されています。
もし、この二枚が卑弥呼に贈られた銅鏡であれば大変な事実です。

何が大変か?
・卑弥呼に贈られた100枚の銅鏡は各地に分散された。
多数の鏡が出土したら卑弥呼の墓 と云う説が成り立たなくなります。
・神原神社と云う小さな神社に石室があり鏡が出土した。
大きな遺跡や神社以外にも卑弥呼と関連ある人が埋葬されている可能性がある。

もちろん、卑弥呼へ贈られた鏡百枚全てが景初三年とは限りませんが
倭国の祈祷師であり女王に対しての贈物です。
全て新調して新しく作成させたと思います。
卑弥呼は既に高齢であり、千人の巫女たちと生活しています。
後継者となる巫女たちに鏡を配り他国へ移動させたりしたのではないでしょうか。
卑弥呼の墓から100枚の鏡が出土する事は無いと思います。
神原神社古墳の鏡は卑弥呼の鏡の可能性は高いと思います。

卑弥呼の邪馬台国から考えても
出雲は非常に重要な国だったのです。
魏志倭人伝に紹介される投馬国(ズマとも読みます)
水行20日(帯方群から)は出雲(イズモ)国ではないでしょうか。
邪馬台国まで帯方群から水行20日陸行1月なら近畿説も成り立つますが
実際は水行10日陸行1月です。
もし、出雲から水行10日陸行1月なら大分北上する遠回りです。
邪馬台国近畿説は無理があります。
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