草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

道義的革命に決起した青年将校の死は無駄ではなかった!

2013年02月25日 | 思想家

 明日は2月26日である。今、私は三島由紀夫の「『道義的革命の論理ー磯部一等主計の遺稿について』」を読んでいる。皇道派と呼ばれた青年将校は、日本の国体を回復せんとして、天皇陛下を絶対視する「希望による革命」を夢見た。ザインとしての国家を突破し、ゾルレンとしての国家を思い描いたのだ。それを見抜いたのが三島さんであった。個が政治に昇華される美意識に心動かされたのだった。「もし最小限の純粋性と道義的責任を自分たちのみで固執するとなれば自刃のほかに道はなく(終戦時における大東塾の集団自刃を見よ)、もし自ら純粋性と道義的責任の確保を諦めれば、国家変革は共産革命と同様に権力奪取に終わるであろう」と書いており、権力奪取だけを目的にしなかった点を絶賛した。青年将校の決起は、枯渇しかけた民族のパトスを奮い立たせることであった。三島さんは「あらゆる制度は、否定形においてはじめて純粋性を得る。そして純粋性のダイナミクスとは、つねに永久革命の形態をとる。すなわち日本天皇制における永久的革命的性格を担うものこそ、天皇信仰なのである。しかしこの革命は、道義的革命の限定を負うことによって、つねに敗北を繰り返す。2・26はその典型的表現である」とまで言い切った。敗北に終わったとしても、そこに道義的意義を見出そうとするのが、ラディカル保守の立場であり、闇夜に光芒を放ったどうかが問題なのである。



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