草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

HINOMARUが危い歌だと批判されるのは褒め言葉だ!

2018年06月15日 | 思想家

HINOMARUの歌を目の敵にすることは、日本文化を認めないことである。三島由紀夫は『文化防衛論』において、戦後日本の文化が歪められたことを嘆いていた。外務官僚や文化官僚によって推し進められたのは「文化の水利政策」であり「文化を生む生命の源泉とその連続性を、種々の法律や政策でダムに押し込め、これを発電や灌漑にだけ有効なものとし、その氾濫を封じることだった」からである▼三島にいわせれば「『菊と刀』の連環を絶ち切って、市民道徳の形勢に有効な部分だけを活用し、有害な部分を抑圧することだった」というのだ。例として占領政策初期の歌舞伎の復讐ドラマやチャンバラ映画の禁止を挙げている。そして、三島は独自の文化論を展開したのである▼「能の一つの型から、月明の夜ニューギニアの海上に浮上した人間魚雷から日本刀をふりかざして躍り出て戦死した一海軍士官の行動をも包括し、又、特攻隊の幾多の遺書をも包含する。源氏物語から現代小説まで、万葉集から前衛短歌まで、中尊寺の仏像から現代彫刻まで、華道、茶道から、剣道、柔道まで、のみならず、歌舞伎からヤクザのチャンバラ映画まで、禅から軍隊の作法まで、すべて『菊と刀』の双方を包摂する」▼私たちがHINOMARUを聞いて感動するのは「文化における生命の自覚は、生命の連続性を守るための自己放棄という衝動へと人を促す」との三島の言葉が表現されているからだろう。軍歌だとか危険だとかで批判されるのは褒め言葉なのである。

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