草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

占領軍に媚びた教育が日本人を骨抜きにした!

2018年08月08日 | 歴史

百田尚樹が言っているように、戦争体験者は占領軍の支配を無条件に肯定したのではなかった。いつか必ず日本を取り戻そうと思っていたのである。守るべき祖国がなお存在することを信じていた。冷戦によって、東西の緊張が高まり、60年安保騒動で国会が暴徒に囲まれたときにも、多くの国民はそのバカ騒ぎに迎合しなかった。マスコミや学生はまともに安保条約改定の条文を読まず、東側のプロパガンダに振り回されただけであった▼今でも忘れられないのは、源田実が参議院議員であったことだ。大東亜戦争で数々の武勲を立てた源田は、昭和37年に自民党公認で参議院選挙の全国に出馬し4期24年間務めたが、それを応援したのがかつての部下たちであり、全国に散らばっていた。選挙カーが会津若松に到着したときに、勢ぞろいをして迎えたのは、そうした人たちであった▼日本国民の圧倒的多数は、戦争をまったく知らず、戦後教育の影響下にある。かろうじて救いなのは、学問の分野ではマルクス主義の権威が失墜していることだ。マルクスの訓詁注釈では飯は食えないのである。それでもマスコミ界には未だに巣食っている。とくに日教組の偏向教育を受けた団塊は、東京裁判史観を頭から信じている。戦後七〇年以上も経って日本が変わらないのは教育のせいであり、戦後レジームを打破できるのは若い世代なのである。百田ではないが、まずは戦後史を知ることから始めるべきだろう。

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1 コメント

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又言うのか (金 国鎮)
2018-08-08 21:31:42
昭和天皇が日本国民を励ますために戦後日本各地を
巡幸された。
昭和天皇は極めて平易な言葉を使って日本国民を励ました。
彼がその際に一度でも自由と民主主義という言葉を使ったことがあるのか?
戦後のアメリカの教育に従ったのは多くの日本人の思い上がりだよ。
そこでは昭和天皇の言葉と相反する言葉が日常的に飛び回っていた。
わが身我が欲に従いながら日本と叫ぶのは止めよう。

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