草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

鶴ヶ城と会津人の勤皇の心

2010年08月24日 | 会津100選
 赤い廊下橋の近くから鶴ヶ城の天守閣を撮影した2、3年前の写真で、橋の下はお堀になっており、蔦の葉がからまり、往時のままの姿をとどめているが、石垣に苔がはえたさまは、栄華が永く続かないことを教えてくれる。天守閣は昭和40年に復元されたコンクリートづくり。それだけに、木の枝にさえぎられて、その姿を現さないほうが、かえって想像力がかきたてられていい。南口の三の丸跡には、新城杏所の句碑がある。 

鶴ヶ城址 夏草刈りて 明るかり 

 秩父宮殿下と松平節子姫の結婚を祝しての句である。いかに逆賊の汚名を着せられようとも、昭和4年当時の会津人は、勤皇の心を失わずにいた。だからこそ、鶴ヶ城を始めとする会津戦争で、おびただしい屍をさらした者たちに、鎮魂の句を手向けたのである。生者よりも、死者を意識しており、会津人の喜びがひとしおであることを、純粋な気持ちで句にしたのだった。

 
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