草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

三島が少人数で決起したのは裏切りがあったからではないか!

2020年11月25日 | 思想家

50年前と同じように寒い朝である。三島由紀夫と森田必勝が市ヶ谷で自刃した日である。あの義挙の真相については未だに謎の部分がある。なぜ三島は自衛隊に体験入学をしたのか、なぜ楯の会を結成したのか。三島は自衛隊と共にクーデターを決行したかったのだと思う▼昭和43年10月21日の新宿騒乱を目の当たりにした三島は、自衛隊が出動する事態になることを予想した。大規模な混乱が起きれば、その時こそチャンスだと考えたのではないか。まだあの時代は戦争体験者が多かった。国軍の兵士であった者たちが社会人として活躍していた。一旦緩急ともなれば、共に立ち上がってくれると信じたのではないか▼クーデターを決行することができなかったのは、裏切りがあったからではないか。最後の最後で背を向けた者たちがいたのではないか。三島は「反革命宣言」で述べているように、「戦いは一回きりであるべきであり、生死を賭けた戦いでなくてはならぬ」という信念にもとづき、当初の計画を諦め、少人数での決起になったのではないか。最終的には同じように死を選んだとしても、断じて文学的な死ではなかったのだ。「革命勢力と行政権とが直結」するといった事態が今の日本で起きてきている。それだけになおさら三島と森田の義挙を矮小化してはならないのである。

 


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