草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

我が国の平和を守り国柄を取り戻す憲法改正を!

2018年05月01日 | 思想家

憲法学者の多くが昭和20年8月15日を民主主義日本の幕開けと位置付けたのは、日本という国家の歴史を全否定するためであった。ポツダム宣言の受託によって、新生日本が誕生したというのだ。大正デモクラシーという言葉があるように、それ以前から日本は民主主義国家への歩みを始めていた。それを無視した暴論がまかり通ってきたのである▼ここにきてようやく憲法改正の動きが本格化してきた。国家としての交戦権を認め、他国との同盟の根拠となる集団的自衛権を容認するのは、国際法の定めるところである。それよりも国内法である憲法9条を優先させることは、法解釈上無理がある。国際法と国内法との矛盾を解消するのは当然のことである。とくに東アジア情勢が緊迫しており、我が国にとっては喫緊の課題なのである▼それと同時に、憲法改正にあたっては、柳田國男の言葉を思い出すべきだろう。「我々の先祖はことにその一特徴として、いまだ生まれざる子孫を愛し、その繁栄を希いその安全の計を立てた。彼らの最も恐れたのは家衰え子孫愚かにして、死後に追慕してくれる者の次第になくなって行くことであった。そうして人間らしくまた男らしく、欺かず怠らず、神と秩序とを重んじておれば、すなわち家に幸いあって後裔たる我々も永く恩恵を受けるものと信じていたのである」(『青年と学問』)▼柳田が述べているのは、法を法たらしめる国柄のことであり、亡き先人やこれから生まれてくる者たちの思いを、私たちは常に念頭に置かなくてはならないのである。

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