かぶれの世界(新)

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実感的・老いの衰え(4)

2018-08-12 14:12:04 | 日記
年をとって耳が遠くなった
自虐的なテーマにしなくとも内容が「老人」とか「衰え」に関わる記事が多くなった。二、三年前からテレビのボリュームを上げる家内は耳が遠くなった、年をとったと感じていた。ところが、今までと比べボリュームを上げてテレビを見ている私に気付いた。同じだ。音量がデジタル表示されるので今迄との違いがすぐに分かる。

一般知識として年令と共に聞き取れるバンド幅(周波数帯域)が狭くなる、特に高音が聞き取り辛くなると理解していた。だが、テレビを見ている限り私には女性のキンキン声より男性の低音の方が聞き取り難い、これはどういうことか。結果的に男性の声を聞き取ろうとしてボリュームを上げてしまうようだ。

体力回復の悪あがき
多分、可聴周波数を昔のように広げるのは無理だろう。だが、運動能力は何とか改善できると思って日頃の運動に努めている。勿論、自分は老人だと思ってやり過ぎにならない様気を付けている積りだ。二日前に10km余りを昨年までのように目一杯走った。

更にその2日前に熱中症を怖がって体調をチェックしながら走ったのと異なり、アミノ酸を補給しながら体力をフルに使って走り切った。おかげで、昨日は経験のある筋肉痛がでた。田舎に戻って1週間後の熱中症寸前だった時から何とか回復した証拠と思う。

先の短い老人は長い歴史を辿る
だが、とにかく見かけはどんどん老化していく。テレビで見るような格好いい老人にはなれない。数年ぶりに昨日市立図書館に行った。司書らしき女性に大洲藩の版図が分かる資料がないかと聞くと彼女は頭を捻った。領土のことだと言い換えると理解してくれ、県史や藩史など色々資料を探してくれた。

私がいかにも助けてあげたい老人に見えたのだろう。そのうち他の女性職員も加わってよってたかって調べてくれ、机の上に資料を積み上がった。小一時間で欲しい情報は殆ど見つかった。大洲藩の領地は意外に広く北は松前町や砥部町から南は大洲市、東は久万町の一部まであった。

奇妙な歴史
一方、私の先祖が住む新谷藩の領地は奇妙なことに大洲藩内に10か所以上点在していた。こんなの聞いたことが無かった。その理由は明解だった。女性職員が持ってきてくれた資料の中で、愛媛県の8藩の成り立ちを説明する下りを見て分かった。領主の都合でバラバラにされた農民は堪ったものではなかったと想像する。そのせいだと思うが資料によれば「水争い」が何度も起こったようだ。

しかし、これはいわば表の歴史。我が家の先祖は秀吉の時代に四国統一を遂げた長曾我部氏の家臣で、この地を攻略した後住みついたと和尚に聞いた(私は徳川の世になった時、山内氏から逃げて来たと理解していた)。その後刀を捨て農民になることで大洲藩主に住むことを許されたという。明治維新まで長曾我部の家臣が歴史の表に出ることは無かった。これが今までに私が調べ子供に引き継ぐ我が家の歴史だ。■
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