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天邪鬼・長崎原爆の日

2018-08-11 12:02:26 | ニュース
今年も広島・長崎に原爆が投下された日に平和祈念式典が開かれ、グティエレス事務総長が国連から初めて出席し核兵器の根絶を訴えたニュースが報じられた。一方、核兵器禁止条約は安全保障の現実を踏まえてないと不参加を表明した安倍首相を非難する声が報じられた。

これが大方のマスコミの報道だった。ひねくれ者の私はこのような報道に与しない。核兵器禁止条約の是非ではなく、この記念日に議論すべきは「原爆投下の原因と結果」だと考える。その一環として核兵器の問題を伝えるべきだ。現在までの大勢の考え方はいわば一方的な「被害者史観」によるもので、何故そう言うことになったか反省がない。

原爆投下を辿って行くと直接的な原因は日本が戦争を始めたことだ。誰が戦争を始めたかについては議論がある。日本軍部の暴走から米国の経済的締め付け等々議論があるが、いざ戦争が始まると国中で戦争を支持した。中でも戦争を煽ったマスコミの責任も極めて大きかった。

かつては、8月の終戦の日とか12月の真珠湾攻撃の日など機会あるごとに、何故日本は戦争に突入していったか、戦争責任は誰かどこにあるのか、それがアジアの国々にどんな深刻な事態をもたらしたか、などについての議論が交わされた。多くの反戦小説や戦記物等が出版された。それが今では一方的に被害者面した議論だけなのはどうしてか。

原爆投下の死者数は広島長崎合わせて約20-25万人と言われているが、先の戦争で戦場となったアジアで何百万人が被害者になったと言われている。特に、子供達に一方的な原爆の被害者史観を語らせテレビで報じるのは大きな間違い、私は犯罪的だとさえ思う。身勝手な発想で国の将来を誤らせる。最近このような傾向が強まっていると懸念する。■
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