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リーマンショックを振り返って(回顧録-2)人生最悪の経験

2018-10-08 20:31:43 | 社会・経済
このテーマを色々な側面から論じる積りでいた。具体的なデータで客観的な議論をする積りだったが、曖昧な記憶と一貫したデータも揃わず今日に至った。なので、今回は曖昧な記憶を辿った思い出として紹介する。時間軸や話の前後が違っているかもしれません。尚、カッコ内は私の魂の声です。

(回顧録-1)ではリーマンショックが発生しても事態の進展を只々追いかけるだけで、次々と深刻な危機が起こり自分の身に降りかかると理解してなかった。言訳をすれば、米国の財務長官や連銀もリーマンブラザーズを破綻させた時、世界の金融システムに与えるインパクトを予測してなかった。

衝撃が全世界に波及する中、最初にリーマンショックが何とかなると思ったのは、その翌年1月シティバンクの社内報が景気回復の兆しを伝えたとのニュースに接した時だ。というか悪いニュースが続く中で久ぶりに聞いた良いニュースだった。だが、その後も金融危機が実体経済に波及し、春頃には世界最大の雇用を抱える自動車会社の倒産が表面化し深刻な政治問題になった。

世界の3大自動車メーカー全社が資金不足に見舞われ、最も資金余裕が無かった業界3位のクライスラーが先ず伊フィアットに買収され、次に金融会社を傘下に抱える業界トップのGMが倒産の淵に追い詰められた。紆余曲折を経て最終的にGMは倒産扱いになり、政府配下で雇用を確保し再建を目指すことになった。つまり、GMの株や社債は紙切れになった。(ドヒャー!)

次のターゲットは業界2位のフォードだった。私は米国赴任時に購入した住宅やドル預金をはたいて当時割安だったフォードの社債を購入していた。倒産の噂が連日報じられ、取引先の証券会社からも紙切れになる前に売り払って少しでも元を取るよう何度も勧められた。(エライこっちゃ!)

万が一フォードが倒産しても残りの私の金融資産は半分残る。相続した実家と東京の自宅の不動産があり、大きな借金はなかったので家族を路頭に迷わすことはなかった。なので、金融資産を取り戻すために何をすればいいか、最善の意思決定を追求しようとする理性が残っていた。(開き直り!)

幸い私は90年代に米国で仕事をしたので、日本では余り報じられない現地の報道を読み、友人から現地の情報を聞くことが出来た。決め手になったのは、フォードはリーマンショックの1年くらい前にボーイングのCEO を自社のCEOにした。彼が金融機関と交渉して取り付けた借金枠を使えば、資金不足を乗り越えられるのではないかという観測だった。(米国でも半信半疑だった!)

各種情報源を当った結果「フォードに政府の助けは不要」と私は判断した。その後も証券会社の担当と会話を続けたが、不思議なことに彼等はボーイング元CEOが獲得した借金枠について一言も触れずただ「売れ、売れ」と繰り返した。彼等は知らなかったのだろうか。彼等の持っている情報は限られている、危機に瀕した時必ずしも信頼出来ない、と今でも思っている。(腹をくくって決めた!)

そして、フォードは政府の支援を受けることなく生き残り、私の所有した社債も徐々に値を戻して行き、1-2年後に損失は全て回復した。証券会社の担当氏によればリーマンショックで大きな損を被った個人投資家の殆どは戻ってこなかったという。こういうマイナスな現実は世に広まらない。

当時のことを良く知る友人は、私が酷く暗い顔をしていたと何年もたってから言った。友人は優しさから当時は何も言わなかったのだろうが、それを聞いてちょっと悔しく思った。運よく危機を切り抜けなかったら、今でも家族を困らせ毎日後悔で暗い顔して寿命を縮めたかもしれない。それ以降も証券会社と付き合っているが、売り買いは最終的には自己責任だと肝に銘じている。■
ジャンル:
経済
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