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私的CES盛衰記

2019-01-13 16:14:19 | ニュース
ラスベガスで開催中のCES(家電見本市)と並行して、デトロイトで北米国際自動車ショーが14日から開催される。しかし、最近は自動運転やAI・5Gなどの目玉がCESで展示されるため、来年から6月に開催時期を移す予定と報じられた。自動車が家電に乗っ取られるニュースには驚いた。

CESがいつの時代にも話題の中心になるのは、時々の最も注目されるテクノロジーを展示テーマにする融通無限なショーだからだと思う。私の記憶が正しければ70年代はテレビ、80年代はパソコン、90年代は携帯電話、そして今はAI・5Gとそれに連動して動く自動運転だ。

コンピューター技術者だった私は70年代末に初めて米国に行きNCC(全米コンピューター会議だが製品展示会でもあった)に参加した。その頃は大型計算機からミニコンに移行する時で、この直後にアップルがAppel-Ⅱを世に問うてパソコン時代を象徴的にキックオフした。

一般消費者がコンピューターを利用する時代になり、パソコンが文字通りConsumer Electronics(家電)になったことを意味した。コンピューター周辺機器開発担当からパソコン開発担当に異動して、私は幸か不幸か突然世界が注目する商品開発を担当し、後に事業の責任者になった。

私の仕事の環境は激変し、国内外の取引先と交渉し展示会にも参加するようになった。海外に毎月のように出張し、様々なショーに出展し見学もした。ラスベガスのCESにも何度か参加した。ある時は全米の優秀な販売店を招待し、有名な歌手のディナーショーで接待した。華やかな時代だった。

数年でパソコン市場は成熟してCESの主役が変わり、それに伴い会社の経営方針も変更された。だとしても、生の人間が働く現場は生易しくなかった。次に続いたのは生産基地の海外移転、更には開発も含め生産まで台湾や中国に移行、国内組織のリストラと進んだ。

私もその一環として米国の生産工場の責任者としてシアトルに赴任し、その後工場をサクラメントに移転させた。更に日本に戻り今度は日本のオペレーションのリストラに関わった。その度に働く人達の職を守りたかったが(少なくともそう振舞った)、経済原理の前には無力だった。

その時代に一緒に働き親しくした人達から今年も年賀状を頂いた。彼等は会社に残りリストラ支援、早期退職、転職、大学で研究、再入学(凄い!)と様々な道を歩んでいる。CES等で一時は同じ道を歩いた人達も今は一人として同じ道を歩んでいない。当時懇意にさせて頂き、改めて感謝したい。 

CESの目玉テーマの波に乗り一時は華やかな経験をしても、やがて新しい波が来て多くの人達は取り残され夫々の道を歩む。年賀状を見るだけで夫々の人生を感じた。私はITバブル破裂後に会社を辞め後ろめたさを感じていたが、今にして思えば私もその道に転がっていた石ころだったと思う。

蛇足ながら、私の名前で検索すると1件インタビュー記事が残っていただけ。日本よりも米国での不動産取引きとか英文の共著論文で私の名前がネットで検索されるから皮肉だ。こうやって少しずつ世界の片隅から消えていくのだと改めて実感した。■
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