ポポロ通信舎

(旧・ポポロの広場)姿勢は低く、理想は高く。真理は常に少数から・・

真の貢献を体現した中村哲医師

2019年12月05日 | 医療・福祉
アフガニスタンで活動されていた中村哲医師の銃撃死亡のニュース、大変に驚き悔やまれます。

医療のみならず飲料水や農業振興のため用水路建設に取り組むためペシャワール会(NGO)を結成し、その代表を務めていた中村哲医師。ほんとうに世の中には立派な人がいるものだとかねがね敬服していました。

当通信舎でも過去2回中村さんについては紹介させていただいていました。3回目がこのような形になるとは・・・

2016年9月12日『中村哲さんこそノーベル平和賞を』
https://blog.goo.ne.jp/ikatsu2006/d/20160912


2010年7月5日『アフガンに命の水を』 
https://blog.goo.ne.jp/ikatsu2006/d/20100705


折しも『フランス外人部隊』(野田力著)を読んでいるところでした。
実際に外人部隊を体験した著者がアフガニスタンに派遣された時、現地アフガン兵と食事をした場面での会話です。

「アフガニスタンは好きか?」と聞かれたので「好きだよ。山が美しいから。日本もアフガニスタンみたいな山国なんだ」すると、こう返されました。「日本は平和な国、アフガニスタンは戦争の国(Japan is Peace Country. Afghanistan is War Country)」
「いつか発展していい国になるから希望を捨てるなよ・・日本も本当にひどい状況だったんだよ」と著者。すると英語のわかるアフガン兵から私の言葉を訳してもらった炊事兵は声をあげました。「ヒロシマ!ナガサキ!」アフガニスタンという戦地で聞いた著者には忘れられない言葉だという。

12月1日の読売新聞の1面トップの見出しから。
【海自中東派遣 閣議決定へ、調査・研究 政府、今月中旬に。護衛艦、年明け日本出発】

政府は中東に平和貢献のための派遣だと言いたいのでしょうが、果たしてそうなるでしょうか。中村さんのペシャワール型の貢献は決して軍事を背景としたものではありませんでした。

「途中で通過した村に住む人たちはアフガニスタンの民族衣装を着ていました。通過する我々をじろじろと見ています。憎しみの色は感じられなくても、笑顔はありません」(前掲「フランス外人部隊」の著書から)
現地の人から笑顔で迎えられる貢献、それこそが中村哲医師の大切な遺志のように思えてなりません。合掌。



【中村 哲】1946年福岡市生まれ。九州大医学部卒、専門は神経内科。現地では内科、外科もこなす。1984年パキスタンのペシャワールにライ病治療で赴任。1986年からアフガニスタン難民のための事業。2007年「緑の大地計画」第一期工事完成。年間診療者数7万人(ペシャワール会報参照)





 
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