いかりや爆氏の毒独日記

最近の世相、政治経済について「あれっ?と思うこと」を庶民の目線から述べていきたい。

カジノ考・・・ラスベガスの凋落

2012-09-06 20:11:42 | 日記

明け烏:

カジノ考(1)

ラスベガスに初めて行ったのは35年ほど前のことである。空港からの通路にもスロットマシーンが並んでおりカジノに入る前の腕試しをするそうである。すると少し先から獣としか思えない異様な叫び声というか泣き声が聞こえてきたので慌てていってみると私より大柄な白人女性が床をのたうち回ったり誰彼にキスしたりの狂乱状態であった。聞けばほんの冗談でやったスロットマシーンが100万$の大当たりになり泣き叫んでいたのである。

そのかまびすしさ!その騒擾状態!挙句、見ず知らずの私にまで飛び掛ってきて抱擁されたのには生命の危機を感じた。こりゃ白人女と関係を持ったらえらいことになるな、と思わず自分の股間に目をやった。博打で勝ったら可愛いバニーガールでも指名してなどとけしからぬことを考えていたが、シッポならぬチ○ポを巻いて逃げ出したいような気持ちであった。

話では聞いていたがラスベガスというのは、まさしく砂漠の中の孤島であって、客を惹きつけ逃さぬように、男の大好きな「酒」「博打」「女」がすべてそろっている。さすがにマフィアの切れ者であったバグジー・シーゲルが考えただけのことはある。料理は私にはあまり美味く感じられなかったが、とにかく豪華なディナーが無料のような値段で食べられ、またシナトラ・ファミリーのメンバーが公演をうつためショーの充実は世界一であろう。

その後、私が行かなくなってからも数々のテーマパークが出来て脚光を浴びるわ、世界のトップボクサーを集めて素晴らしい試合を組むわとあの手この手で客集めに抜かりがなかったそうである。

カジノ考(2)
 当然、ラスベガスの盛況によって全米中から働き口を求めてネバダ州に集まってきてリーマンショックまではネバダ州は人口は増え、沸き返るような景気であった(らしい)。アメリカでの産業空洞化は日本以上であるから就業できるといえばカジノやテーマパークのサービス業しかないから、さもありなん。

ところがリーマンショックから始まった不景気によってさすがのラスベガスもあれこれサービスを工夫しても客が集まらなくなり、解雇された従業員はネバダ州を離れざるを得なくなったため土地や住宅の値段も暴落しているという話である。どんなサービスや特典を与えようとも不況の前には太刀打ちできないという当たり前の話であるが、人間は困れば困るほど大局が見えなくなって細部の工夫にふける傾向があるようだ。

ここで話を大阪にふる。大阪のドブ川(例えば猫間川)のほとりに特区をつくりチマチマしたカジノを建てたところで客が世界から押し寄せると皆さんは本気で想像できるであろうか?どうせ小役人の出したアイデアによるせせこましいシステムになるのは眼に見えているのだ。またショーには誰を呼ぶのか?ドサ廻りの演歌歌手でも呼ぶつもりなのか?
「女」の手配はどうするのか?勝った客は特区を出て、その辺りのキャバクラやソープランドへでも行けというのか?
 
カジノ考(3)
 大体、人を楽しませることの極を究めたラスベガスに客が集まらなくなってきているご時世に大阪の片田舎に小さな博打場を作って人を集めようという発想が貧困であるし大いなるアイデアの枯渇である。こんなことを公約にしている政党が出てきそうなことを我々は悲しむべきときなのだ。仮に無理やり、やったところで三年とはもつまい。

さらに言いたいことを言わせてもらえば「祭りごと、ないしはイベントによって人が集まって景気がよくなる」という発想自体に間違いがあるのではないだろうか

四捨五入していうのならば本邦において「イベント」が景気を引っ張った(ように見えた)のは「大阪万博」だけであったと思う。私は「大阪万博」と日本の高度経済成長の爛熟期が重なったがゆえにああいう奇跡が起こったと考えるが、日本人の頭の中に「イベント」をやれば景気が回復するといった誤った概念を植えつけたように思われる

これが誤った概念であったのは、「大阪万博」以来の数々の第三セクター事業、長野五輪、沖縄博、港Y150,村おこし町おこしの祭礼などがことごとく失敗に終わっていることで容易に察せられることだろう。

今こそ発想を転換すべきであるにも拘らず「大阪万博」の成功体験に凝り固まった骨董品的ブレーンの言うがままに「特区でカジノ」などと叫ぶどこかの首長の政党に票を入れて躍進させると地獄の二丁目をみることになると危惧する。

いかりやの感想:

ラスベガスと言えば、昔メキシコ・マサトランへ出張のときに出会ったハーレーダビットソンを乗り回していた男を思いだした。
ラスベガスの凋落で彼の仕事はうまく行っていないかも・・・「ハーレーダビッドソンに乗る男」  http://blog.goo.ne.jp/ikariyax/d/20091016
 
 庶民の収入を激減させてしまった後では、どんなに人を楽しませるイベントであっても、成功しない。政治家や経済学者エコノミストたちが、どんなに立派な経済対策を喧伝しようともサプライサイドの経済対策ではすべて空振りに終るだろう。アメリカに金を貢ぐことを止めて、若者たちと庶民に金を配ることである。

 収入が激減しているのに、消費税増税をするとはバカとしか言いようがない。それに同調した自民と公明までが、そしてマスゴミ、無論財務省など、どうしてこんなにバカが揃いも揃ったのだろうか。

 ふと、こんな歌を思い出した。

 千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは・・・千早ぶる 神代もきかず 平成の 金くれないに 花も実もなし。

 さまざまな不思議なことが起こっていたという神代の昔でさえも、こんなことは聞いたことがない、庶民は金がないのに、イベントが盛り上がるわけがない。