いか@ 筑豊境 寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distilled Resentment

「持続と転形」の果てに

2016年09月01日 20時06分27秒 | 日本事情


  タ ス ケ テ ~ ブ ~ ~


北海道倒産INDEX :(有)興農ファーム(標津郡標津町字古多糠474番地)は6月25日、釧路地裁根室支部から破産手続開始決定を受けた。


出典:三菱総合研究所 大学経営・イノベーション政策

津村喬 編著、『全共闘 持続と転形』をみた(Amazon)。1980年刊行の本で、全共闘運動「崩壊」から10年後の時点で、「持続と転形」を検討したもの。

なお、かつて、この本の書評を呉智英さんは書き、 津村喬は、全共闘の恥部である。 と云っている(愚記事)。

1980年の時点で、全共闘運動を経験した人で、その後全共闘の「思想」を実現しようとしている人を津村喬が選んで、紹介している。そういう津村に紹介されるずっと「全共闘」の人びとがやってことは何か。

その何かの前に、津村喬が云う全共闘の「思想」とは、「全共闘とは、生きかたの選びなおしのことだった。簡単にいえば、教育をうけて体制が求める能力を伸ばし、それによって出世の階段をのぼり、支配者の近くへ近より、楽なくらしができる、そういうレールにのせられてしまうことが耐え難いということ」(津村喬 編著、『全共闘 持続と転形』)とのこと。

話がもどって、津村喬が選ぶ"ずっと「全共闘」"、つまり持続する全共闘の人たちが1980年にやっていたことは、農業であり、反公害、反開発運動である。

その農業の例として、日大全共闘だった人たちが北海道の東端、北方領土を望む地域に興農塾という牧場を開いこととその中心人物、本田廣一さんが紹介されている。

ネットで調べた。 去年、倒産していた、と知る。

 タ ス ケ テ ~ ブ ~ ~ 「興農ファームが経営危機!!カンパお願い」 - まほろば

■ 津村喬 編著、『全共闘 持続と転形』にマイノリティは無し

津村喬といえば、絓秀実さんからマイノリティーによる対抗運動の初めての登場をもたらした「華青闘告発」の理論的支柱であり、津村喬の影響下の活動家が「華青闘告発」を実現させたと評価され、1968年革命の重要遺産とされている。

この点で、津村喬の理論がその後の「差別語狩り」、「差別糾弾ファシズム」をもたらしたと非難するのが呉智英さんだ(愚記事)。

そういう視点から見ると、この津村喬 編著、『全共闘 持続と転形』には、反差別運動をしている人、在日外国人の人権問題で闘っている人、あるいは日帝の侵略戦争を非難し、日帝の悪行を記録することに血道を上げる人などは出てこない。

さらには、1980年の時点で呉智英的非難に「応えて」いる;

 差別の問題も、言葉の権力ということに深くかかわっている。反差別運動の新しい展開はまず「差別言辞糾弾」つまり言葉の権力性に対する読み手の想像力の叛乱という形をとった。それだけではすまない状況にとうの昔になっていることは、一方にテレビ局の「放送用語言いかえ集」の頽廃を置き、他方に諸党派による糾弾ごっこの政治主義的利用という愚劣を置いてみれば明らかであるが、言葉そのものの権力性をたえず具体的に点検する作業はいつまでたってもこれで終わりということはない。だが、規範化された倫理的意識こそが反差別闘争の阻害物であることはもっと強調されてもよい。

 反差別の闘いと同様に反入管は「兄弟」をさがす闘いだった。だがそれは差別にかんしてと同じように、日本人原罪説のたぐいの倒錯を生んだ。抑圧民族としての自己批判なしに新しい社会を生み出せないのは当然としても、それは一方で具体的な闘争スタイルの問題(アジアで展開する人民戦争=根拠地型文化革命闘争と量りあえるだけの闘いの質を生み出しうるか)であり、他方で日本社会そのものオルタナティブの問題(他国をくいものにしなくてすむ産業構造、生活構造をどう形成するか)のことでなければならなかった。

津村喬 編著、『全共闘 持続と転形』

 ひとつの見方として、連合赤軍事件(リンチ殺害)や東アジア反日武装戦線(愚記事最近初めて、津村喬の本を見はじめた。そして、気づいた。これらは、『反日革命宣言 東アジア反日武装戦線の戦闘史』のネタ本だと)による一般市民爆殺テロなどが「全共闘運動」の成れの果てというのがある。 おいらもそう思ってきた。

でも、津村喬はこうも云っているのだ;

 昔ながらの社会主義者に、その数々の魅力や知性の輝きにもかかわらず共通して見られる欠陥は、「私は君がどうやって解放されるかを君よりもよく知ってい るよ」という態度を「大衆」に対してとり、自らかたくそう信じてもいることにある。自分がどうやって自分の心身を、人生を解き放つかという前に、他人のこ とを知っていると思いたがる。この限りない善意が権力と結びつくと、収容所国家や懲罰戦争を生み出す。
津村喬 編著、『全共闘 持続と転形』

津村喬はああいうのは本当の「全共闘運動」ではなく、『全共闘 持続と転形』で紹介されいている人たちが"ずっと「全共闘」"、つまり持続する全共闘の人たちと云いたいらしい。