言い換え&言い逃れ辞典

へんな言い換え,苦しい言い逃れ、危険な言い換え 等々。

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秘密会議:「新大綱」議案も配布 原子力委は虚偽説明

2012-06-02 07:24:45 | Weblog



【原子力委は虚偽説明】

 内閣府原子力委員会が原発推進側だけを集め「勉強会」と称する秘密会議を開いていた問題で、原子力委の 「新大綱策定会議」で使用する議案の原案が2月16日、秘密会議で事前に配布され、その後内容が追加されていたことが分かった。核燃サイクル政策を論議す る小委員会への関与は発覚していたが、原子力政策全般を対象にした策定会議への影響が判明したのは初めて。問題が小委員会にとどまるとの原子力委の説明は 虚偽。

 [毎日新聞 2012年6月2日]




  つづきは,こちら(新聞記事切り抜き)

  [新聞記事切り抜き]
 
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『勉強会』←『秘密会議』(核燃サイクル秘密会議)

2012-06-01 00:26:52 | Weblog


勉強会秘密会議

 核燃サイクルを巡る秘密会議のうち毎日新聞が詳細を把握したのは20回。計約45時間に及び、「表」の会議である内閣府原子力委員会・小委員会の審議時間(約40時間)を上回った。すべて東京・霞が関の中央合同庁舎4号館で開かれ、延べ586人(1回平均29.3人)が参加し、2月16日が42人で最多だった。

 【記事:核燃サイクル秘密会議】

 内閣府原子力委員会が核燃料サイクルの推進側だけを集めて非公開の「勉強会」を開き、サイクルの今後のあり方を検討していた同委・小委員会の報告書原案への意見を聞いていたことがわかった。

 核燃サイクル政策について秘密会議で協議し,報告書は、結論部分に当たる「総合評価」が書き換えられた。

 近藤委員長が「表に出た瞬間に勉強会をやめる」と発言したと記載され、存在が露見すればすぐ解散する方針だった。

[たね蒔きジャーナル 音声]

 「核燃料サイクル政策の今後のあり方を検討している、内閣府の原子力委員会の小委員会というところが、使用済み核燃料の処理方法を議論する中で、全量再処理など3つの選択肢を作ったんですけれども。それが電力会社など核燃料サイクルの推進側に有利になるように選択肢の案の総合評価を書き換えていた事がわかったということなんですね・・・」

 「秘密会議:「新大綱」議案も配布 原子力委は虚偽説明」(New)
 「核燃料サイクル勉強会 推進側だけに原案・もんじゅ廃炉4つの選択肢」
 「4号機プール未使用燃料2体 試験的に搬出」
  ・・・これまで福島の事故で、大気中に放出してしまったセシウム137の量は、日本政府の報告によると広島原爆168発分だと、いうのですが,4号機の使用済燃料プールの中には5000発分まだあるのです。
 「再稼働を巡り、小出裕章氏 推進派・澤田哲生氏との討論」
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高齢者は働くことしか才能がない -- 麻生首相

2009-07-25 17:52:01 | Weblog
 麻生首相が青年会議所(JC)の会合で挨拶したときに語った言葉だそうだ。
若い人たちの前では高齢者をけなし、高齢者の前では若者をなげく、ということなのだろうか? 一生働きずくめの高齢者に感謝するというならともかく・・・。本当にやりきれないなあ。嘆息。

 「高齢者、いわゆる65歳以上の人たちが元気。全人口の約20%が65歳以上、その65歳以上の人たちは元気に働ける。介護を必要としない人たちは実に8割を超えている

 「元気な高齢者をいかに使うか、この人たちは皆さん(青年会議所のメンバー)と違って、働くことしか才能がないと思って下さい。働くということに絶対の能力がある。80過ぎて遊びを覚えても遅い。遊びを覚えるなら「青年会議所の間」くらいだ。そのころから訓練しておかないと、60過ぎて80過ぎて手習いなんて遅い。働ける才能を使ってその人たちが働けるようになれば納税者になる。税金を受け取る方ではなく、納税者になる。日本の社会保障は、全く変わったものになる。どうしてそういう発想にならないのか」


 ちなみに、「介護を必要としない人が8割を超えている」という認識は間違いであり、介護を受けたくても受けられない高齢者が数え切れないほど存在する ・・・ というのが現実のようだ。
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酔っ払い大学生 女性道連れに電車飛び降り

2009-06-01 23:56:34 | Weblog
女性を「道連れ」に電車「飛び降り」???


 新聞の報道はこうだ

 東京都杉並区永福の京王電鉄井の頭線永福町駅のホームで31日午前9時25分頃、電車を待っていた近くに住む無職女性(59)に男が背後から近づき、いきなり腕を引っ張って一緒に線路上に飛び降りた。女性は腰の骨を折るなど全治2カ月の重傷。警視庁高井戸署は殺人未遂の疑いで男を現行犯逮捕した。


 なぜ、このような表現になるのだろうか。確かに、この女性にとっては迷惑千万。とんだ災難で、この男性はそれ相応の謝罪をしなければならないだろう。まかり間違えば命を失っていたかもしれないのだから。

 だが、この報道の表現はいかがなものか?

 同じ状況を説明するにも、表現の仕方で印象が全く違ってくる。

 状況としては、酔っぱらいの男性が、よろめいて、転びかけた拍子に、(咄嗟に)たまたま近くにいた女性にしがみついてしまい、あわれもろともに線路の上に落ちてしまった・・・ということだろう。

 酔っぱらいでなくても、たとえば電車やボートなどが突然揺れたりしたら、思わず反射的に何かにしがみついてしまうことがある。すぐそばに人がいたら、反射的にサッと手が出て、腕とか服をつかんでしまうことがあるかもしれないし。何か他のもの、たとえば「柱」のように動かないものならいいが、不安定なものでも、危険な物でも、やみくもにつかんでしまうに違いない。

 この場合、「対手は男か女か? 子供か大人か? 屈強な人か弱々しい人か?(いっしょに倒れてしまうほど不安定か)」などと考えている余裕はない。よろめく瞬間に手が勝手に出てしまうのだ。

 おそらく、この男性も、酔っぱらっていたせいで、ふいに重心を失い、ぐらついたところ、たまたまそばにいた女性に、思わず手がのびて腕をつかんでしまったのだろう。女性にしてもふいのことだから、たまったものではなく、二人とも重心を失ってもろともに線路上に倒れ込んだというのが真相ではないか。

 いくらなんでも、なんの脈略もなく、ある日ある時突然に、みもしらぬ女性と「心中するのだ!」という衝動が起こり、「発作的に」行動におよぶ・・・などということはあり得ない。ましてや「殺人未遂」とは?????

 (「発作的」などという言葉も、かつてはマスコミの常套句だったような気がする。)

 それなのに、女性を「道連れに」だとか、「一緒に飛び降りた」だとか、新聞報道もテレビ・ラジオのニュースも扇情的すぎる。報道も低俗的になったものだ。

 とはいっても、この男性、相当反省しなければならないし、それ相応の賠償も必要になってくるのはいうまでもない。

 こんなニュースを聞くと、めっきりアルコールに弱くなった私は、溝に落ちたり、線路に落ちたりしないかという恐怖で、酒もおちおち飲んでられないが、報道の品位も地に落ちたなあと思う。

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やかましい ← 民主主義の国

2008-08-10 23:32:21 | Weblog
久々に面白い言い逃れを発見!

食の安全「消費者やかましいから徹底」 太田農相がNHK番組で

 太田誠一農相は10日のNHK番組で、食の安全に関連し「日本国内では心配しなくていいと思っているが、消費者がやかましいから徹底してやっていく」などと述べた。農相の事務所は番組出演後「『やかましい』という発言は『日本は消費者が正当な権利を主張できる民主主義の国』という趣旨だった」とのコメントを発表した。

 これに対し、民主党の輿石東参院議員会長は「許せない。消費者庁も選挙用だということになる」と厳しく批判、国会閉会中でも質疑ができる「閉会中審査」を要求する考えを示した。甲府市内で記者団の質問に答えた。


 つい、本音がポロリと出たということでしょうか?

 それにしても、「消費者が正当な権利を主張できる民主主義の国」「やかましい」と言い換えてしまっては・・・

 言い逃れしきれるかな?

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「外来語」言い換え提案 -- 言い換え???

2006-03-19 06:45:21 | Weblog

 「外来語」言い換え提案 第1回~第4回 総集編(平成18年3月)なるものが、国立国語研究所「外来語」委員会から発表された。

 まだ、全文は読んでいないが、「言い換え」の事例(「外来語」言い換え提案 総集編)を見ると、「もっとも」と首肯すべきものが大部分を占める。この点については、今後書き込むつもりだが、それにしても「言い換え」とはなんたることか!

 明治初期に、西洋文明を輸入して、苦心して翻訳語が生み出されたのは周知の事実である。相当な苦労があったと伝えられるが、当時の知識人は、漢学に精通し、深い教養があったから、みごとにその偉業を達成した。

 「科学」「哲学」「自由」など、今現在わたしたちが普通に使っている言葉のほとんどが明治時代に翻訳されたものであるという。

 しかし、この度の「提案」を見ると、「言い換え」とは、委員会の「言い逃れ」ではないかという疑問が残る。

 そもそも、「アカウンタビリティー」とか「サーベイランス」とか、はては「最初からそういうふうに言いなさいよ」というものまで、すべてカタカナ語のまま通してきた方がおかしい。学者の怠慢である。時代が異なるとはいえ、明治時代とは雲泥の差である。

 要するに、本来は外国の文明・文化・書物等を紹介するためには「翻訳」作業がともなってしかるべきであるところ、その作業を怠って、外来語をカタカナに置き換えただけですませてしまう習慣が定着したので、妙な具合になってしまったのだ。

 したがって、今回の提案は「言い換え」の提案ではないはずだ。最初から「翻訳語」(自国語)がないのであるから、「言い換え」る対象がないのである。「言い換え」提案などと「言い逃れ」ることなく、正直に「翻訳案」とすべきだ。

 外国語を翻訳することなく、「カタカナ語」ですませてきたことによる弊害と、「言い換え」提案についてのコメントは、次回から書き込むことにします。


言い換え&言い逃れ辞典 -- 漢字家族

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「便器洗浄」??? ウォシュレット(2)

2006-03-19 05:59:49 | Weblog

 TOTOさんの関係者かもしれない方からのコメントをいただいたので、もう一度だけ書きます。

確かにそうですね (ナイトオンアクア)      2006-02-10 13:50:58

 便器洗浄という言葉は便器そのものを洗う。という意味に取れますね。少しずれた感じを持ちます。『自社の常識は世間の非常識』となる危険性を持ちますから注意をしていきたいものです。


 庶民の感覚としては、「少しずれた感じ」どころではなく、ことばの使い方が不適切なのです。だから混乱が起こるのです。

 「朝起きたら、すぐに顔を洗いなさい」というところを、「すぐに顔を洗浄しなさい!」などといったらどうでしょうか?
 日常的な動作としての「洗顔」を、「顔を洗浄しなさい」などという人はいません。「お風呂で体を洗浄してきなさい」ともいいません。
 「洗う」=「洗浄する」ですが、実際に使用する文脈では、ニュアンスがまったく異なります。

 体の部位でいえば、「洗浄」を使用するのは「胃」くらいのものでしょうか?「胃を洗浄する」は使いますが、これを使うのはきわめて特殊な状況です。何か異物(薬品とか中性洗剤等)を誤って飲み込んだ場合、病院にかけこんで、「胃を洗浄」してもらいます。これは、専門的な知識と技術を持った人が、専門の医療器具を用いて行う動作です。日常的な「洗い流す」動作とはニュアンスが異なります。

 体については、このように日常性を離れて特別な事態に対処するとき、「洗浄」を使います。
 しいていえば、「眼球を洗浄する」というのは、比較的使う頻度が高い言葉でしょうか。コンタクトレンズを洗浄するというのは頻繁に使う言葉ですけどね。

 このように、顔や体の表面を洗い流す日常の動作は「洗う」とか「洗い流す」といいますが、けっして「洗浄する」とは言いません。
 「胃を洗浄する」のように、特別な器具等を使用して、専門家が行うのが「洗浄」です。これは「洗浄」することによって、毒物等を体外に排出させるのが目的です。

 一般的には、庶民は無意識のうちにこのような言語感覚を持っていますので、「便器洗浄」などという表示があると、単に水洗の水が流れるだけではなく、特別な薬剤が噴出し、便器の殺菌をする作業が始まるのだと察するのです。

 これは使用する側の「勘違い」ではありません。正常な言語感覚を持っているから、そういうふうに思うのが当然なのです。
 TOTOさんの方が、一般的な言語感覚を持ち合わせていないのです。だから「ずれた感じを持ちます」という、ずれたコメントをいただくことになるのです。礼儀としてコメントをいただいたのにこのようなことを書くのは大変恐縮ですが、実際はこの言葉のズレを、あまり重大とは考えておられないと思います。

 誤解を受けるといけませんので、あらためて申しますが、この記事に関するコメントをいただき、ありがとうございました。大変感謝いたしております。もしこのコメントがTOTOさんからのコメントだとしたら(文脈からして、TOTOさんとは限られませんので)、どのようなつまらない記事でも、さっと拾い上げ、丁寧に回答を与える姿勢に感激します。さすがは天下のTOTOさんです。心より御礼を申し上げます。

 手元の辞書を開けると、「洗浄 ・・・ 洗い清める」とあります。「あらう」だけではなく、その上に「清める」が動作加わると、儀式的な感覚が付随します。「清める」は日常性を離れた「儀式」ですから、特別なのです。
 毎回、便器を使用する度に、便器を「洗い清める」儀式は不必要です。「清める(洗浄する)」儀式は、通常なら1日に1回程度行えば充分ではないでしょうか。性能のよい商品なのですから「水洗」で、きれいに洗い流せるはずです。
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「便器洗浄」??? ウォシュレット

2006-02-04 02:08:11 | Weblog

同じような意味をあらわすことばでも、それぞれに「すわり」のいい場所がある。
シチュエーションによって使い分けをしないと、思わぬ誤解が生じることもある。

例えば、「結婚」「婚姻」は類義語もしくは同義語だが、これを実際の場面で使用する場合には、はっきりとした区別がある。

「鳥谷選手は12月に結婚していたそうだ」とか、「結婚、おめでとう!」とは言いますが、
「鳥谷選手は12月に婚姻していたそうだ」とか、「婚姻、おめでとう!」とは決して言わない。

「結婚」が日常会話で使われるのに対して、「婚姻」の方は法律用語として使用されるからである。

十数年前、我が家ではじめて「TOTOのウォシュレット」を使用し始めたとき、困ったことが続出した。
製品自体はきわめて快適で、現在は3つも設置するほど気に入っているのだが、機能以外の部分で「重大な欠点」がある。
(決して「欠陥」ではない。念のため)
これは、メーカーとしては必ず改善すべきだと思う。

我が家に訪れたお客さんが、初めてこのトイレを使用すると、顔を真っ赤にしながら小声で、「すみません・・・・・・」とはずかしそうに切り出す。使用後に水洗の水を流したくても、その方法がわからないのである。ほとほと困ってしまうのである。なんとかして自力で発見したいのだが、ついにわからず、意を決して我が家の住人にその方法を尋ねることになる。客人はよほどはずかしかったに違いない。

最新式であったその便器には、水を流すためのレバーがなく、すべてリモコン操作をすることになっていた。
リモコンには、「温風」「おしり」「ビデ」「マッサージ」等々の表示があるが、どこを見ても水を流す機能を意味するボタンがない。じつはこの私も、初めて使用するときにはとまどってしまったのだ。

さて、ではどのボタンを押せば水を流せるのでしょうか? その答えは・・・
な、なんと、「便器洗浄」ボタン!

TOTOさん、お願いしますよー。たかが水洗の水を流すのに「便器洗浄」はないでしょう。
シチュエーションを考えてみてください。とくに、このような差し迫ったところで使用するものなんですから。
わかりやすい表記をお願いします。

「便器洗浄」などという非日常的な言葉を使用すると、とんでもなく非日常的な作業をするためのボタンだと思ってしまうのです。例えば、消毒液を流したり専用の洗剤を流したり、一ヶ月にいっぺんくらいやるような特殊な作業をするのだと思いこんでしまいます。そこで、「みません・・・」となる。

トイレの水を流すには、「水洗」という人口に膾炙した言葉があるのですからそれで十分なのです。もしくは、もっとわかりやすくするためには「水を流す」と表示すれば一目瞭然。これだと「便器洗浄」と同じ字数ですので、メーカーにとって不都合はないはずで、使用する人にとっては瞬時に意味が分かり好都合なのです。
なのに、誰の発案で「便器洗浄」などという、多くの人を惑わす表記を採用したのか、全く不可解です。本当に迷惑な話です。

その表記のせいで、我が家を新築した際には、もうひとつ古いタイプの便器を設置するはめになってしまった。お客さんが迷わないように、水を溜めるタンクにレバーがついている旧式のやつ。あれを設置する他はないのです。せっかく「新式」の方が気に入っていたのにね。(3つのトイレのうち家人専用の1つはそれを使用していますが)

このように、ちょっとした表記でも、「すわり」が悪い言葉を使用すると、思わぬところで混乱を招きます。
この場合の「便器洗浄」は、「水を流す」もしくは「水洗」に改めましょう。

「水洗」を「便器洗浄」と言い換えないでください。

余談ですが、「ちょっとお手洗い(トイレ)に行ってきます」とは言うけれど、「ちょっと排泄してきます」とは言いませんよね。意味はよく似ていても使用する文脈が異なるのです。



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援助交際(えんじょこうさい)

2005-08-22 03:49:37 | Weblog

援助交際(えんじょこうさい)「売春・買春(ばいしゅん)」

 最近、「カイシュン」という言葉を耳にすることがある。通常ならこの音(オン)からは「改悛」(改悛の情)という言葉が思い浮かぶが、文脈からして性的なことを意味する単語だと察し、「回春」という熟語を頭に浮かべて話を聞いていると、どうもつじつまが合わない。

 しばらくして、「ひょっとして”買春”のこと???」という疑問。やはりそうだ。最近のテレビニュースでも「ジドウカイシュン」などと言っていた。これは「児童買春」のことであろう。それにしても物騒(ぶっそう)な世の中になったものだ。どうして日本は「なんでもあり」の世の中になってしまったのか。(いや、まあその問題は別の頁で・・・)

 たぶん、「バイシュン」だと、耳で聞いただけでは、「売る」側のことをさすのか「買う」側のことを問題にしているのかが瞬時に判断できないので、「買う」方を「カイシュン」と読むような申し合わせができたのであろう。べつに「湯桶読みはいけない」などと、へんなつっこみはしたくないけど、「カイシュン」とはねえ。ほんとうにまぎらわしい。「造語」するのはかまわないけど、その場合は同音異義語がないものという条件をつけてほしい。「カイシュン」の同音異義語は、「改悛」「回春」の他に、「悔悛」「懐春」「改春」「開春」などというものがあるそうだ。

 さて、最近はあまり耳にすることもなくなったのだが、ひところ「援助交際」という言葉が流行した。新聞やテレビ・ラジオのニュースまでこの言葉を使っていたので閉口する。

 はじめてこの言葉を聞いたとき、訓読に困った。「交際を援助する」→「仲人さんのことか? それとも新手の結婚紹介所か???」同僚に質問すると実状を解説してくれた。本当に日本はどうなっているのか!!!

 このような行為は明らかに「売春・買春」であり、倫理的に許されないのは当然のこと、日本国の法律でもはっきりと禁じられている。

 ※売春防止法(クリック!)
  ■第三条(売春の禁止) 何人も、売春をし、又はその相手方となつてはならない。

 ※児童売春・ポルノ禁止法(クリック!)
  ■第四条  児童買春をした者は、三年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

 法律で禁止されなくても、明らかにダメなことだ。それを、いうにことかいて「援助交際」とは言語道断(ごんごどうだん)。こんな言い逃れがあっていいはずがない。犯罪行為をあたかも「崇高なヒューマニズム精神に基づく行為」のように賛美する言葉である。しかも、当事者たちがそのように言い逃れ、言いくるめるというのなら、まだ話がわかるが、マスコミまでがこの言葉を使用するのは絶対によくない。「援助交際」という言葉を認知し公表することは、行為そのものまでを認めることになるからだ。

 ここは絶対に言い換えをみとめず、はっきりと「売買春」(売春・買春)とすべきだ!

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(通常サイトより転載しました)
  ※言い換え&言い逃れ辞典
  ※言い換え&言い逃れ辞典(解説編)
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漱石枕流(そうせきちんりゅう)

2005-08-22 03:20:01 | Weblog

漱石枕流(そうせきちんりゅう)「枕石漱流(ちんせきそうりゅう)」

 「漱石枕流」(イシニクチススギ ナガレニマクラス)
 古典的な言い逃れであり、最も有名なものである。「さすが」にうまい言い逃れだというので、「流石」とだけ書いて「さすが」と読むようになったという。

 ところは中国。六朝時代の晋という国に、孫楚(そんそ)という人がいた。負けん気の強い人で、「ああいや、こういう」、言い間違いを指摘されても、何かとこじつけて言い逃れる。

 さて、ある時、孫楚は「枕石漱流」と言うべきところを「漱石枕流」と言ってしまった。友人の王済がその間違いを指摘して、「石に口をそそぎ、流れに枕す ── ではおかしいよ!枕石漱流の間違いでしょ?」とニヤニヤしながら言った。

 ところが、孫楚さん、あわてずさわがず、こう切り返した。

 「なにも間違っていないよ!”枕石漱流”という言葉があるのはあたりまえ。ぼくはその応用をしたまでさ。いいかい”石に口そそぐ”というのは、歯を磨くということ、”流れに枕する”というのは、耳を洗うためなんだよ」

 さらりといい抜けた。

 さーすがーーー!(流石)拍手。

 ・・・とまあ、このお話のように、ほほえましい言い逃れもある。私たちが通常耳にするのはこの類(たぐい)であり罪がない。「言い換え・言い逃れ」がすべてこのような性質のものであれば、何も心配はないし、かえって潤滑油のようなものになるのだが・・・

 ※通常サイトより転載しました。
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