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浅い沼地の浅草

2020年07月17日 | 東京エリア
浅草は元々浅い沼地で、草があまり茂ってなかったため「浅草」と呼ばれるようになったという。
麻草や藜(あかざ)草を起源とする説もある。そのような水気の場所は浅草寺境内に見つからない。
よく探すと、沼地の名残りをとどめているのは次の心字池と本堂左手の小川くらい。

伝法院の庭 浅草寺本坊-伝法院の心字池に、いまは五重塔とスカイツリーの両方が見える。
非公開
伝法院(でんぽういん)の庭園は、寛永年間(1624~44)年に幕府の作事奉行を勤め、茶人でもあった小堀遠州によって築庭された。
「伝法な」という粗暴で無法な振る舞いをする言葉が出た寺でもある。 池は鎮護堂(ちんごどう)「お狸さま」から少し見える。

弁天池 浅草寺境内の弁天山に、弁天池があった。そこに弁天堂があり、時間を報せた「時の鐘」が見える。
「花の雲 鐘は上野か 浅草か」 松尾芭蕉

ひょうたん池 浅草の奥山に、掘り出した跡がひょうたんのような池になった。
塔は凌雲閣(通称十二階)。浅草寺の寺領だった火除け地の田圃を明治16年に埋め立てて興業地にした。


本堂裏広場に噴水泉 左奥にいまはない善光寺如来堂、右奥が六角堂(重文)。 
噴水に立つ沙竭羅龍王(しゃらりゅうおう)像は、いまも手水舎に立っている。


姥ケ池(うばがいけ)の伝説は、浅草寺本堂に展示してある大きな絵馬の「一ツ家」に描かれている。



     浅草寺の本堂左手の小川 → 




  
   * これらの写真をクリックすると詳しく説明します。

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