さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 ティカル遺跡 その3

2018年05月29日 | 海外旅行
グラン・プラサに出て、ここで一旦自由時間になり、希望者は2号神殿に上がったり、北アクロポリスの見学を行ないました。



ティカル神殿のシンボルといえる1号神殿。

ティカルは、6世紀中盤にカラクムルに敗れ、以後130年間にわたる衰退期を迎えますが、695年にハサウ・チャン・カウィールがカラクムルに大勝利をおさめ、マヤ屈指の大国として返り咲きました。1号神殿は、このハサウ・チャン・カウィール1世を祀る神殿として、息子であるイキン・チャン・カウィールが700年頃に建てたものです。 1962年に地下から多くの副葬品を伴った墓所が発見され、カウィール王のものと推定されています。イキン・チャン・カウィールは、4号神殿をはじめとする多くの建物を造っています。



1号神殿は、高さ52mほどで、九層の急勾配の基壇上に神殿が築かれています。残念ながら上ることはできません。



上部には大きな屋根飾りが設けられ、神殿上部の入り口の上にジャガーの彫刻があったことから、ジャガーの神殿とも言われています。残念ながら望遠で見ても、彫刻は判りません。



1号神殿に向かい合って2号神殿があります。ハサウ・チャン・カウィールが妻のために建てたものではないかと言われており、屋根飾りに仮面が刻まれていたことから、仮面の神殿とも言われています。



基壇は三層で、高さは38mと低めになっています。観光客が上がっているのが見えます。



神殿の前には石碑が置かれていましたが、ほとんど摩耗してしまっているのは残念です。



ティカルの神殿は、このように木製の階段が設けられているので、崩れかかった石段のような危険性は無く、体力さえあれば安全に上がることができます。



ひと汗かいて、神殿上部のテラスに上がることができました。



屋根飾りには、仮面のような彫刻が見られました。





2号神殿のテラスからは、グラン・プラサの素晴らしい眺めが広がっていました。人が小さく、ミニチュア模型を覗いているような感じです。



2号神殿から見た北アクロポリス。



木立の間から3号神殿(左)と4号神殿(右)も見えていました。



2号神殿を下りて、広場と北アクロポリスの見学を続けました。広場には、幾つもの石碑が置かれていました。







比較的保存状態の良いこの石碑は、カラクムルによるティカル侵略前の6世紀前半のカロームテ・バラム王のもののようです。



北アクロポリスへの階段を上がっていくと、別な方向からの1号神殿をはじめとする眺めが広がりました。



2号神殿。



北アクロポリスには、1号神殿を小型にしたような塔型の神殿が立ち並んでいたようですが、
現在では原型が失われています。現在、地上に見られる建物は300年以降に造られたものです。



北のアクロポリスは、「失われた世界」地区と共にティカルでは最も古いところで、紀元前200年頃から神殿が築かれて、現在でも地下に王や聖職者の墓所である神殿が数多く埋もれています。



保護のための草ぶき屋根の下をのぞくと、丸めがねのような仮面状の彫刻が見えました。



中央の階段は途中で行き止まりになったので、一旦下って、小型神殿のある右側に向かいました。



神殿に挟まれて、階段が延びていました。



階段を上がると、数層に重なるテラスが広がっていました。





小型の神殿が並んでいたことがうかがわれます。



最上部の神殿。



神殿の部屋の跡のようです。



小部屋が並んでいましたが、中央は祭壇でしょうか。



北アクロポリスの上部からも、展望が広がっていました。これは2号神殿方面。



グラン・プラサを挟んで中央アクロポリス。奥に見えるのは5号神殿。



1号神殿。



小型の神殿が並ぶテラスをひと回りしてグラン・プラサに戻りました。
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