
第9日目は、ダッカとショナルガオンの見学を行い、その後、深夜に帰国となりました。
まずは、石炭船下ろし場に向かいましたが、その途中、国会議事堂が見えました。20世紀を代表するアメリカ人建築家のルイス・カーン設計によるもので、着工は1966年ですが、完成はバングラディシュ独立後の1983年になりました。コンクリート打ち放しの建築がカーンの作風で、彼の最大の建物になっています。

石炭船下ろし場を見学しました。

列になって人力で石炭を運んでいました。

船からトラックに積み替えていました。女性や子供は、小ぶりの籠で運んでいました。

運んだ印に、後で現金に交換するチップを受け取っていました。

バングラデシュは、最貧国の一つに数えられていますが、体を動かせば日銭をかせぐことができるようです。これが機械化されると、大勢の人が働き場所を失うことになり、マイナス面も大きいようです。これを見て、先進国と言われる国で進んでいるIT革命も同じ問題を持っているように思いました。

続いてオールド・ダッカに向かいました。オールド・ダッカは、激しい渋滞で有名ですが、この日はイスラム教徒がモスクで礼拝を行う金曜日のため、道路は空いていました。

道の両脇には、古びたビルが並んでいました。

ショドル・ガットにやってきました。

小舟が列を作って行き来しています。
ブリゴンガ川に面した渡し場で、水運として発達したダッカの街の活気を感じることができます。

客待ちの小船が並んでいました。金曜日のため、人出は少ないようです。

ここでは、客は船の上で座っていました。

見飽きない眺めでした。

渡し船乗り場の脇に、客船ターミナルがありました。バングラデシュでは、水路が複雑にからみあっており、橋も架かっていないところもあるため、国内移動に船が良く使われているようです。

ダッカの南のガンジス川を渡った先のマドリプール行きです。

船の中を見学させてもらいました。

出発までまだ時間があるのか、中はがらんとしていました。

寝ている人もいました。

船内では軽食も売られるようです。

飲み物のケース。当然ながらビールは売られていません。

客船が停泊地に入るところでした。

ここでも、渡し船が行き来していました。

渡し船乗り場。


渡し船乗り場の前では、なにやら食べ物を売っていました。
バングラデシュならではの活気の見られる風景でした。
まずは、石炭船下ろし場に向かいましたが、その途中、国会議事堂が見えました。20世紀を代表するアメリカ人建築家のルイス・カーン設計によるもので、着工は1966年ですが、完成はバングラディシュ独立後の1983年になりました。コンクリート打ち放しの建築がカーンの作風で、彼の最大の建物になっています。

石炭船下ろし場を見学しました。

列になって人力で石炭を運んでいました。

船からトラックに積み替えていました。女性や子供は、小ぶりの籠で運んでいました。

運んだ印に、後で現金に交換するチップを受け取っていました。

バングラデシュは、最貧国の一つに数えられていますが、体を動かせば日銭をかせぐことができるようです。これが機械化されると、大勢の人が働き場所を失うことになり、マイナス面も大きいようです。これを見て、先進国と言われる国で進んでいるIT革命も同じ問題を持っているように思いました。

続いてオールド・ダッカに向かいました。オールド・ダッカは、激しい渋滞で有名ですが、この日はイスラム教徒がモスクで礼拝を行う金曜日のため、道路は空いていました。

道の両脇には、古びたビルが並んでいました。

ショドル・ガットにやってきました。

小舟が列を作って行き来しています。
ブリゴンガ川に面した渡し場で、水運として発達したダッカの街の活気を感じることができます。

客待ちの小船が並んでいました。金曜日のため、人出は少ないようです。

ここでは、客は船の上で座っていました。

見飽きない眺めでした。

渡し船乗り場の脇に、客船ターミナルがありました。バングラデシュでは、水路が複雑にからみあっており、橋も架かっていないところもあるため、国内移動に船が良く使われているようです。

ダッカの南のガンジス川を渡った先のマドリプール行きです。

船の中を見学させてもらいました。

出発までまだ時間があるのか、中はがらんとしていました。

寝ている人もいました。

船内では軽食も売られるようです。

飲み物のケース。当然ながらビールは売られていません。

客船が停泊地に入るところでした。

ここでも、渡し船が行き来していました。

渡し船乗り場。


渡し船乗り場の前では、なにやら食べ物を売っていました。
バングラデシュならではの活気の見られる風景でした。