さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ドッグ・リバー

2019年06月27日 | 海外旅行
空港を出てベイルート市内を貫く高速道を北に向いました。ベイルート市内は、バスや路面電車などの公共交通網が整備されておらず自家用車が市民の足になっているため、道路は慢性的な渋滞を起こしていました。



車窓から見えているのは、ムハンマド・アミーン・モスクです。後日、市内観光の際にゆっくり眺めることができました。



モスクと同時に、大きな教会も目に入ってきました。

レバノンの国民の40%がマロン派を主にするキリスト教徒で、およそ55%がイスラム教徒になっています。フランス統治時代に少数派のマロン派キリスト教徒に権限を与えたことかレバノン内戦の原因になっていきます。



大きなショッピングモールも建てられており、近代的な街並みが広がっていました。



ベイルート市街地は、地中海と山地の間の狭い地域に広がっており、斜面いっぱいに建物が並んでいました。



地中海の青い海原の眺めが広がりました。



ベイルートの15㎞北にドッグリバー(アラビア語でナハル・エル・カルブ)と呼ばれる川が流れています。かつてはエジプトとメソポタミアを結ぶ交通路の要所で、犬の像が番犬代わりに置かれていたのが名前の由来になっています。

この川岸には、古くはラムセス2世がカディシュの戦いの後に記念碑を建てて以来、多くの記念碑が置かれれています。



この看板は、階段を上がった広場に設置されているものですが、全体では21個の記念碑が置かれているようです。この一部を見学することになりました。



道路脇に記念碑が置かれています。



右は一番最近のもので、2000年にイスラエルが撤退した際に記念に置かれたものです。



ナポレオン3世の碑ですが、ラムセス2世の記念碑の上に建ててしまっています。



それぞれの石碑には説明板が置かれており、摩耗して見にくくなっているレリーフの絵が描かれています。



かつてはこのようなレリーフが刻まれていたようです。

カディシュの戦いは、紀元前1286年頃のシリアで起きたもので、公式な軍事記録に残された戦争としては最古のものになっています。ラムセス2世の古代エジプトとヒッタイトの間で起きたもので、戦いは双方が多数の死者を出して引き分けに終わって平和条約が結ばれました。ただ、ラムセス2世は、自分の権力を高めるために勝利を宣伝して、アブシンベル神殿などに遠征記念のレリーフを刻んでいます。



高速道路脇の階段を使って丘の上をめざしました。



遊歩道の脇の崖が崩壊して落石が起きていました。観光地としては、あまり管理が行き届いていない感じです。



丘一帯には、野草が咲き乱れていました。







丘の中腹の台地に石の台座があり、かつてこの上に犬の形の岩があったようです。



広場になって、ベンチも置かれていました。





広場からは、川や高速道路を見下ろすことができました。



川向うの丘の上には、大きなキリスト像が置かれていました。



地中海の青い海原が広がっていました。



アッシリアの王とラメセス2世の石碑が並んでいます。



左側のもには、アッシリアの王の姿を見分けることができます。



右手の石碑は摩耗が進んでいて絵の判読は難しくなっています。



このような絵が刻まれているようです。





アッシリアの王の石碑は他にも見られました。



このような絵が刻まれているようです。



いつのものか判りませんが、カディシュの戦いを現したものでしょうか。



説明板の絵です。



アッシリアの王の石碑のようです。

この他にも石碑を見ましたが、代表的なものだけを載せました。

丘の上り下りは、夜行フライトの身には辛く感じました。
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